診療報酬明細の発行義務化への反発

診療報酬の明細発行が今年度から原則義務化された。


これは、中医協の唯一人の患者代表である勝村久司さんがかねてから主張されていた話で、「どんな業界でも自分が支払った料金の明細が発行されるのは、社会通念上あたりまえの話」、という発想からきている。


至極まっとうな話だと思うのだが、この明細発行の義務化に対し、医療界(というか開業医業界)からの反発がすさまじい。


昨日もMRICの投稿記事で下記のようなものがあった。(長文で申し訳ないが、原文のニュアンスを正確に伝えるため全文転載する)


この記事に対し、僕が思う事は2つ。


1つは、「医師と患者との信頼関係は『紙切れ1枚』でできる話ではない」のは言うまでもないが、それと明細発行の要否の話は別であるということ。


たとえは悪いかもしれないが、馴染みの飲み屋であれば明細が無くても支払に不安・不満は無いが、初めて行くお店でメニューに単価が出て無い中で飲み食いし、支払い時に「はい、X千円です」って言われても気持ちが悪い。思ったより安かったならまだしも、高かったらそれだけでその店には二度と行こうとは思わない。


明細1枚で信頼関係が築けるわけではないが、少なくとも患者にとっての"納得感の喪失"は防ぐことができるのだ。


もう1つは、不要だと言う人が7割いるからといって、明細の発行をしなくても良いということには直結しないということ。スーパーやコンビニの明細レシートも結局すぐにゴミ箱行きが大半だと思うが、レシート発行されなくてもいいとまではお客さんも言わない。「ちゃんとやっているな」ということが見えるからこそ、お金も違和感なく払うし、もらったレシートはすぐ捨てるのだ。


そもそも、必要か不要かいちいち聞く手間を考えたら、一律渡してしまう方が、医療機関側もむしろコスト減につながると思うのだが。。。


<以下、MRIC記事より転載>

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緊急アンケート「明細書、要りますか、要りませんか?」

神津内科クリニック 院長 神津 仁

2010年5月23日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

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 m3.comという医療系メールマガジンの「医療維新(橋本佳子編集長)」に、「『明細書は不要』が45%、個人診療所の患者アンケート」という記事が載りました。

 青森県の整形外科医(無床診療所)である大竹進先生が、今年4月の診療報酬改定で発行が義務化された明細書について、4月1日から1週間、患者アンケートを実施した結果、とのことで、記事では「1医療機関の調査である上、同院では整形外科であり、高齢の患者が比較的多いことを勘案しても、「診療のたびに明細書を必要」としている患者は必ずしも多くはないことがうかがえる」とコメントが記されていました。

 この?明細書発行義務化?については問題が多く、中医協で様々な議論が交わされましたが、政権交代の最中において見切り発車で実施に踏み切ったものでした。当院でも、やるかやらないかと最後の最後まで見守っていましたが、制度的に義務化が決まったところでレセコンを調整し、明細書発行窓口対応としました。しかし、すでに領収証の義務化、レセプト開示、カルテ開示、インフォームドコンセントによるデータの受け渡しなどで、医療内容の情報開示は十分に行われてきている日本の現状です。それに加えて、さらにこの窓口業務を追加する意味があるのかは、大変疑問が残るところでもありました。

 そこで、当院においても、本当にこの明細書発行が必要なのか、「明細書、要りますか、要りませんか?」と尋ねてから患者さんにお渡しすることにしました。領収証ですら、「必要ない」とコンビニのレジでは「不必要領収証」を入れる箱があり、タクシーでも「領収証、要りますか、要りませんか?」と聞かれるのが現実です。タクシーの運転手さんにすれば、お客さんが要らないといえば紙の無駄がなくなります。必要な時に渡せば良いと考えるのは当然だと思います。当院でも、紙の無駄、インクの無駄を省くために、どのくらいの方が必要でどのくらいの方が不必要と答えるのか、一ヶ月間の統計を取ってみました。

 4月1日から30日までに外来通院された患者さんは952人で、明細書が必要と答えた方の数が263人で27.6%、不必要と答えた方の数が689人で72.4%でした。上記のうちの新患患者さんについて集計したところ、必要と答えた方が63.6%、不必要と答えた方が36.4%でした。しかし、同じ世田谷区でも、友人の整形外科医は「うちは90%以上が必要ないといわれている」と教えてくれました。私のところは内科・神経内科です。診療科の違いや、地域性、先生の考えなどで、この割合が変わるのではないか、と疑問が湧きました。

 そこで、インターネットを使って、アンケート調査をしてみることにしました。幸い、現在の日本には、良質な医療系メーリングリストが存在し、それぞれにかなり意識の高い医師やコ・メディカルスタッフが参加していますので、それらのサイトに一斉にお願いのメールを出させていただきました。現在アンケート調査に参加していただいている医療機関をは、100を超えています。100といいますが、一般的な診療所の月外来患者数の平均を延800人、病院が5000人とすると、今回参加してくださった医療機関の内容(無床診療所88、有床診療所2、中小病院5、私立大学病院3、公立病院1)から計算すると、ざっくりいって約10万人の患者さんが対象になったということですので、大変大きな母集団を見ていることになると思います。

まず最初に、このアンケート調査の趣旨説明をし、設問を9つ用意しました。

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設問の詳細
 今年の4月に改訂された診療報酬で「明細書」を全ての患者さんに発行することが義務付けられました。しかし、本当に、この明細書の発行は「全ての患者さん」に対して必要なのでしょうか?明細書の目的を中医協は「医療過誤をこれで防止出来る」というのです。それは本当でしょうか?現場で大変な思いで毎日の診療をこなしている先生方が、余計なpaperworkで押しつぶされないように、もし意味の無いものであれば、少しでも診療行為そのものに時間を使って頂けるように、手間を省くことこそ急務なのではないかと思います。現状について調査をしたいと考えておりますので、是非ともご協力頂ければ幸いです。

[Q1] 先生の診療形態は以下のいずれでしょうか?
[Q2] 先生の診療科は?
[Q3] 全体患者数のうち、明細書が必要と答えた方の割合は、次のうちどれですか?
[Q4] 全体患者数のうち、明細書が不必要・いらないと答えた方の割合は、次のうちどれですか?
[Q5] 新患の場合、明細書が必要と答えた方はそのうちの何%くらいですか?
[Q6] 新患の場合、明細書が不必要と答えた方はそのうちの何%くらいですか?
[Q7] 全患者に明細書発行の義務化は必要だと思いますか?
[Q8] 義務化としない場合、どのように対応したいと考えますか?
[Q9] 先生は、この「全患者に明細書の発行を義務づける」という国の方針は正しいと思いすか?

結果は末尾の資料のように、誰でもインターネットで読めるようになっています。
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 以下結果と考察を述べます。
 無床診療所88、有床診療所2、中小病院5、私立大学病院3、公立病院1の100施設がインターネットで答えてくれました。
 まず、「全体の患者数のうち、明細書が必要と答えた割合は?」の設問に対して、10%以下でした、と答えた医療機関が66%。7割以上の患者さんが必要と答えましたよ、と答えた医療機関は4%でした。では、7割以上の方が「いらない」と答えた医療機関はと言うと、64%。「要らないという方がほとんどいませんでした(10%以下)」と答えたところは、7%に過ぎませんでした。
 新患患者さんの場合も同じような傾向がありますが、やや不要の率が低くなります。これは、まだ医師・患者関係が出来ていなくて、とりあえず貰えるものは貰っておこう、という意識が働くからだと思います。

 医療機関に「義務化」の要否について尋ねたところ、98%の医療機関が「義務化は必要ない」と答えています。義務化しないとすれば、ではどんな方法がいいと思いますか、と尋ねたところ、患者の求めに応じて、と答えていますから、明細書そのものを発行することの意義は認めているようです。しかし、義務化は必要ないでしょう、という意見が圧倒的でした。ですので、国(実際には中医協)のこの「明細書の発行義務化(発行しなければ罰則が付きます)」は「正しくない」と考える医師は99%にも上ったのです。
 コメントには、「紙の無駄」「エコの時代に反する」「医師患者関係を壊す」「皮膚科では領収証と明細書の内容はほとんど同じ」「事務手続きが煩雑」などの意見が出されていました。

 この明細書の義務化について、長崎の本田内科医院の本田孝也先生が、「明細書では医師・患者の信頼関係は築けず。「分からん」「見えん」で受付は当初混乱」という投稿をm3.comに寄せています。その最後の部分を本田先生の許可を得て掲載させて頂きます(出典は資料に記載)。

(前略)
 では、今回の明細書義務化が制度として良かったのかどうか。個人的には、「最低の制度」と思っている。医師と患者の信頼関係は、「紙切れ1枚」で作れるものではない。こんなもの(明細書)で医師と患者の信頼関係が良くなるという発想自体がおかしい。希望する患者さんには渡せば済むことであり、義務化はナンセンス以外の何物でもない。
 話が脱線するが、20年ほど前、まだ私がまだ勤務医だった頃、帰省した時に胆石の既往のある腹痛の患者さんを診察した。エコー検査をして胆石による痛みでないことを懇切丁寧に説明したが、納得できない、浮かない顔。たまたま父親が通りかかって、どれどれとお腹をしばらく触診して、一言「心配なし」。途端に患者さんの顔がぱっと明るくなって、「あ〜、よかった。ありがとうございます」と帰っていった。
 以前、鹿児島県の甑島の瀬戸上健二郎先生のメールに、「信頼する、より、疑わない」という言葉があり、心に残っている。私は子供の頃から、医師である父親の背中を見て育ってきた。うまく表現できないが、昔の父親と患者との関係は「信頼関係」という日本語を超えた別ものだった。最新の医療技術やIT(情報技術)を駆使しても、到底及ばない。それを求めて、私は今まで医者をやってきたようなものである。そして、これからも。
 医療機関は、国が無節操に改変を繰り返し、その度ごとに義務付けられたpaperwork(事務手続き)で、現場は大変に困った状態に陥っています。地域医療貢献加算についても、算定の届け出は約二割だといいます。一般企業なら「企画倒れ」ということで、担当者は厳しい処分を科せられるでしょう。国なら「システム構築を失敗してもいい」ということはありません。こうした医療現場の現状を、国民の皆さんや、国・官僚の皆さんに知って頂いて、事業仕分けと同じように、溜まりに溜まった積年の「アカ」を、今こそ落とす時だろうと思います。