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医療情報のハンドルは誰のもの?〜IT戦略案:診療履歴共通データ網〜

今日の日経のトップ記事、「診療履歴共通データ網」は非常に目を引くものだった。


政府のIT戦略本部が、「診療履歴に基づいた適切な医療を全国のどこでも受けられるようにするためのデータベースを整備するなど、医療分野でのIT化推進を柱とする」という方針を出したとのこと。


これについて思うことが2つある。


①医療情報のハンドルは個人に持たせるべし


「過去の診療情報」をデータベースに載せることにより、「診療履歴に基いた適切な医療を全国のどこでも受けられる」というベネフィットは確かにある。


また、ネットが発達してくる中で、"Peer support"を受けることもかなり容易になり、個人情報部分もオープンにすることによるベネフィットが生まれるようになったことも事実だ。「医療プライバシーは死んだ」という言葉まで出ているくらいだ。(詳しくは、三宅啓さんのTOBYO開発ブログご参照 http://www.tobyo.jp/tobyoblog/2010/1725.html/trackback )


しかしながら、僕はこの考え方に全面的に与することはできない。個人の健康情報に関しては、自分自身で「広くシェアすべきもの」と「シェアされないようにすべきもの」との峻別をコントロールしたい。


なぜなら、他人とシェアするとベネフィットよりリスクの方が大きいケースが厳然としてあるからだ。基本的に、「他人に言うのは恥ずかしい病気」についてはシェアしたくないだろう。もちろん、「恥ずかしい」というのは多分に主観が入るので、本人の価値観次第ではあるが。。。


例えば、水虫とか性病とかで治療歴があることは絶対に表に出したくないという人は多かろう。女性だったらなおさらだ。


がんの場合はだいぶ病気に対する認識が広まってきたので、情報を取るためにむしろ積極的に公開した方が周囲のサポートが得られて良い場合が増えてきたが、それでも地方に行けばまだまだ"迷信"めいたものが残っていて、がんであることがわかると地域社会に住みづらくなる事は実際にあるという。あと、最終的にはオープンにするにしても、"タイミング"はコントロールしたいと思う方が普通だ。


どのようなデータベース・システムを構築するのであれ、「医療個人情報のハンドルは個人が握る」という原則は貫かれたものでなければならない。


②匿名化した情報は遍くシェアして活用すべし


一方で患者が匿名化さえされていれば、全診療歴が記録されたデータベースほど"宝の山"の情報はないだろう。それまで各施設にサイロ化されていたカルテが固有の患者名を除き、表に流れ出てくるのだ。


この情報の解析を突き詰めていけば、何より施設毎・そして医師毎の「治療アウトカムの比較」がガラス張りになる。現在は、主にプロセスの標準化を図ることで診療の質を担保しようとしているが、これを結果でコントロールすることが可能になってくる。


患者にとっては、医療機関や医師の選択をする上で最も欲しかった情報が取れるようになるのだ。背景が同様な患者群で比較してアウトカムが著しく劣るようなところはもちろんのこと、同じようなアウトカムでも過剰な診療をしているようなところについても、是正圧力が働き、医療全体がレベルアップするようになる。このあたりは、以前のエントリーで紹介したマイケル・ポーターの"Redefining the health care"の中でも再三指摘されていることだ。(http://d.hatena.ne.jp/healthsolutions/20100118/1263824297


他にも、以前紹介した"PatientLikeMe"のように「自分と似たプロファイルの患者さん」の治療情報を患者さん自身が拾ってくるというようなことまでできるようになる。かかりつけ医が患者さんが大病した際に病院を紹介する際に使う、なんていうことも考えられるだろう。



こうやって考えていくと、IT化を適切に進めることは、医療において健全な"患者主権"を確立していくことにつながる。このことを「ぶれない軸」にして進めていけば大いに医療の変革に資するものになるだろう。この軸の据え方はまだあやふやな感じが拭えないが、今後の議論の中でまずもって詰める点になろう。"活きた投資"にるよう、今後も注視していきたい。