ちょっと待て:医療用医薬品の広告解禁は止めるべき

世の中で規制緩和の議論がされる場合、一般的に「規制」=悪、「規制緩和」=善、の文脈で捉えられる。私自身、余計な規制は取っ払うべきというスタンスでいるし、医療分野で言えば、例えば、OTC(街の薬局で処方箋なしで買える一般用医薬品)のネット販売は是非規制緩和により可能にすべきだと思っている。


しかしながら、維持した方が良い「意義のある規制」もある。


先日、医療用医薬品の広告の規制を撤廃しようという動きが、いつの間にか出ていることに気付いた。行政刷新会議の「規制・制度改革に関する分科会」ライフイノベーションWGが3月に検討を予定している事項としてHPにアップされている(↓のP.110を参照)

http://www.cao.go.jp/sasshin/kisei-seido/meeting/2010/subcommittee/0126/item10_06_01_02.pdf


このWGで出されている規制改革案は殆どが是非進めて欲しいものなのだが、この事項の提案だけは、どうにも納得がいかない。


反対する理由は極めてシンプルだ。この広告規制緩和により投入されるであろう莫大な広告費用は、医療用医薬品ブランド間のシェアの奪い合いを助長するだけで、医療の根本的な発展・改善に寄与すると思えないからだ。米国の医療用医薬品の広告がやっている事を見たらすぐわかるだろう。


↓が彼の地での典型的な医療用医薬品の広告。「Lipitor」という世界で最も売れている高脂血症治療薬(コレステロールを下げる薬)のブランド名が、これでもかというくらいリピートされ、視覚に入ってくるのがわかるだろう。
http://www.youtube.com/watch?v=UKDzeQSIp2M&feature=related


これと同じような事をこの薬の競合もやっているし、他の領域の薬もバンバンやっている。この医療用医薬品の広告にどれくらいのオカネが投入されているか、ちょっと見てみようということで、↓のスライドを作ってみた。

1997年が米国での医療用医薬品の一般向け広告解禁元年。この年には2億ドルあまりだった広告費用が、10年後の2007年には20倍の44億ドルにまで急増している。


日本の市場規模が米国の半分だとして、2000億円の市場が出来る可能性があるということだ。現状のDTC(Direct-to-consumer。消費者向けの直接的な広告で、現在は疾患啓発が中心)の市場規模がざっくり100-200億円程度なので、米国が10年間で20倍になった事を見れば、2000億円はそうおかしな数字ではない。


年間2000億円。この金額、広告代理店やその周囲にあるビジネスを潤すだけで、医療界や患者に還元されるものではない。これだけのオカネがあれば、もっと違う事に使わせた方が良い、と考えるのは私だけではあるまい。例えば、Hibを初めとする費用補助の出ていない乳幼児向けのワクチンもこれだけの財源があれば全員無料で接種できる。


そもそも規制緩和は意味のある市場を創るためにやるものだし、医療保険制度自体の持続性が問われているような状況下で、こんな”ムダ金”を製薬業界に使わせてはいけない。委員の方々の良識ある議論を望みたい。