[医療の変革]混合診療反対論の矛盾

今日入ってきた混合診療に関してのMRICの投稿記事、一言もの申したくなるような内容だったので、長文だが転載する。


<以下、転載>

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vol 117 解禁してはいけない「混合診療
武蔵浦和メディカルセンター
ただともひろ胃腸科肛門科
多田 智裕
このコラムはThe hottest OPINION site in Japan JBpress http://jbpress.ismedia.jp/ よりの転載です。
2010年3月31日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

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 3月15日の日本経済新聞に「質が高くて効率的な医療・介護をぜひ」と題した社説が掲載されていました。医療の提供体制、高齢者の医療と介護、保険財政の改革などを提言するものでした。


 その中で、「高い医療技術を生かして医療・介護産業を育てる」という視点から、「保険診療と保険外診療の組み合わせ(混合診療)の原則解禁が欠かせない」と述べられていました。


 内閣府の規制改革会議でも、最重要課題のトップに「保険外併用療養(いわゆる「混合診療」)の在り方の見直し」が挙げられています。



混合診療を解禁するといいことづくめ?】


 現在の日本の保険診療では、保険診療と保険外診療(自由診療)を併用すること、つまり混合診療は原則として禁止されています。保険で認められていない保険外診療が診療内容に加わった場合には保険が適用されず、全額が患者の自己負担となります。


 例えば、「海外では普通に使用されているけれど、日本でまだ未承認の薬で治療してほしい」という場合には、1カ月分3万円の薬代金を追加で自己負担すればよいというわけではなく、保険適用診療分も全額自費での治療になります。


 この場合、混合診療が認められていれば、診察検査代金7万円の自己負担(3割)分2万1000円+薬代3万円=5万1000円で済みます。


 ところが、混合診療が認められていない現状では、保険適用診療分も全額自己負担となりますので、診察検査代金7万円+薬代3万円=10万円になってしまうのです。


 このように、混合診療を認めれば、保険外治療を望む患者の自己負担額は大幅に減ります。また、保険外治療分は国庫負担が生じないため、医療費の削減効果も見込まれます。


 こう考えると、利用者の多彩なニーズに応えることができて、なおかつ健康保険料からまかなう医療費負担も減るのであれば、「さっさと解禁して、余裕のある人は医療費を多く支払って望む治療を受けられるようにすれば良いじゃないか」と思うことでしょう。
 でも、混合診療解禁問題は、そんなうまい話では決してないのです。



自由診療サービスが病院の収入源に】


 もしも混合診療が解禁されると、病院でどのようなことが起きるでしょうか。


 「症状はないけれど腫瘍マーカーをチェックしてください」とか、「胃や大腸の内視鏡検査は静脈麻酔を使用して、痛みなくやってください」などといった患者の要望は、現状の保険診療ではカバーされていません。


 もしも混合診療が解禁されると、患者は追加料金を支払うことでこれらの要望を受け入れてもらえるようになります。


 一方、病院の側にしてみると、現状ではほとんどの病院が低い医療保険点数のため赤字に苦しんでいますので、保険診療以外に数万円の追加収入が得られる自由診療サービスはどんどん提供したいところです。


 混合診療が解禁されれば、多くの医療機関が上記のみならず患者の細かなニーズに応えた様々なサービスを打ち出して、収入アップを図ることでしょう。


 実際に、差額ベッド(追加料金が発生する個室などのこと)の比率制限が全病床の2割から5割に引き上げられた時には、大部分の病院が上限の5割まで差額ベットを増やして対応しました。病院にとって1日3万円の差額ベット代金は、売り上げの1割以上を占める貴重な収入源なのです。



【公的保険診療しか行わない病院は「完敗」する】


 ここまでの説明だと、「今まで国民皆保険だからという理由で十分なサービスを行なってこなかった医療機関が、必死にプラスアルファのサービスを行なうようになるのだから、良いことではないか」と思われるかもしれません。


 しかし、話はそれでは終わりません。


 数万円の追加収入が得られるサービスを次々と提供した病院は、その利益を再投資して最先端の医療機器をどんどん導入します。スタッフにも高待遇が提示できるため、優秀なスタッフが集まってきます。


 一方、追加自己負担金をなるべく生じさせないで、現在の医療費の枠内で頑張っている病院は、待遇を改善できずにスタッフを引き抜かれ、赤字のため医療機器も最新のものが揃えられず、設備がどんどん老朽化します。


 「混合診療を導入しても、保険診療部分が維持される」と考えるのは幻想です。公的保険でカバーされる部分だけで治療を行なう病院は、混合診療を取り入れた病院に、数年のうちに完敗するでしょう。


 気がついた時には、健康保険適用外の自己負担金を支払わないと満足な医療が受けられないような状況になっているのです。



【医療における消費格差を生み出す】


 現在でも、「1日当たり3万円の差額ベッド代金がかかる部屋ならばすぐに入院できますが、差額なしの病室は現在空きがありません。入院は1カ月先まで待っていただくことになります」という事態が頻発しています。


 「追加分を自己負担すれば多様な医療サービスを受けられる」という状態を制度的に認めると、お金を支払うことができるお金持ちは良い治療を受けられることになります。


 一方で、お金のない人は必要な医療を受けられない、良い薬が手に入れられないという状態を作り出すことになるのです。


 誰でも病気になった時に、必要な医療を少ない負担で受けられる状態を維持するためには、医療単価をアップするしかありません。それがこれほどまでにスムーズに進まないのは、私には信じ難いことです。


 日本の総医療費は約30兆円で、パチンコ産業の売り上げとほぼ同じくらいだとよく言われます。ただし、そのうち国庫負担分は12兆円にしか過ぎないのです。


 混合診療は、「みんなに広く平等に」という現在の医療の方向性に、真っ向から相反するものです。支払い能力によって受けられる医療に格差がつく社会にして、本当にいいのでしょうか?
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<転載終わり>




この多田氏の主張に対し、思うこと3つ。



混合診療を止めている方が、享受できる医療の支払い能力による格差はむしろ大きい。主張に明らかに矛盾がある。


多田氏は、自分でこう書かれている。

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 この場合、混合診療が認められていれば、診察検査代金7万円の自己負担(3割)分2万1000円+薬代3万円=5万1000円で済みます。

 ところが、混合診療が認められていない現状では、保険適用診療分も全額自己負担となりますので、診察検査代金7万円+薬代3万円=10万円になってしまうのです。

 このように、混合診療を認めれば、保険外治療を望む患者の自己負担額は大幅に減ります。

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ということは、現状の方が「よりお金持ちでないと、良い医療が受けられない」という話になっていることにほかならない。


標準治療で使われる分子標的薬は、以前のエントリー「分子標的薬に思う」(http://d.hatena.ne.jp/healthsolutions/20100318/1268927626)でも取り上げたように、非常に高額になってきているので、がん患者さんにとってみたら、上記の話どころではないのだ。


現状のまま放っておく方が、患者さんたちの選択肢を絶たせていることになる。



②患者の細かなニーズに応える"健全な競争"を平気で否定するメンタリティが、依然として医療側に存在することにビックリ


医療は人の生命を預かる尊い仕事であるのは間違いないが、サービス業であることも厳然とした事実だ。


従って、医療機関の間で、患者のニーズに応えるための"質の競争"が存在することは、全体の発展のために極めて重要な話である。


間違ってはならないのが、競争力がない病院が淘汰される事と、保険診療という基本的患者ニーズに応えられる医療の供給が無くなることはイコールではないということ。


患者のニーズに応えるために混合診療に力を入れる病院が、保険診療部分を疎かにするかというと、それはあり得ない話だからだ。そんなことをした途端に、患者からそっぽを向かれる。むしろ、それくらい患者ニーズに敏感であれば、保険診療部分でも競争力のある良いサービスを受けられる可能性が高く、患者側にとってはWelcomeなはずだ。


また、"淘汰される" のであれば、実はその地域では病院の供給過剰だったという話であり、より健全な姿に近づくだけのことだ。


おそらく、歯科医の世界が混合診療解禁後の未来を映し出しているのではなかろうか。


歯科医は過当競争であり、なおかつ混合診療を実質行なっている。自由診療を何割か手掛けないと経営が回らないと言われている。


ということで、多くの歯科医が自由診療を手掛けているが、それによって通常の治療を患者さんが受けられなくなった、とか診療の質が下がったなどという話は全く聞かない。むしろ逆ではなかろうか。



③差額ベッドのプライシングはもうちょっと工夫できるのでは?


もし多田氏が書かれているように、"「1日当たり3万円の差額ベッド代金がかかる部屋ならばすぐに入院できますが、差額なしの病室は現在空きがありません。入院は1カ月先まで待っていただくことになります」という事態が頻発"しているのなら、病院のプライシング戦略が間違っているだけの話だ。


なぜなら、ホテルと同じで稼働しない部屋(ベッド)を放っておくより、価格を下げて患者を入れた方が病院としても得策だからだ。例えば、差額が3万円ではなく1万円だったら、そちらの方に移ろうという患者さんがかなり出て、その分、通常ベッドに空きが生まれる。


差額をどのレベルに設定するのが妥当なのかは、その病院・その部屋の環境如何だろうが、いずれにせよベッドを遊ばせることは、病院経営にとってはマイナスでしかない以上、プライシングを工夫せざるをえなくなる。