再生医療とがん治療〜 iPS細胞を用いた新しいがん治療の可能性〜
通常このブログでは、抗がん剤に関しては臨床試験成績がはっきりした情報しか載せないのですが、本号では先日行なわれた再生医療学会で仕入れた、「非臨床」つまり動物実験レベルでの研究情報をお届けします。
「最先端」は「最良」を意味する訳ではまったくありませんが、それでも未来のがん治療の可能性を感じで頂けるのではないかと思います。
<がんと戦うT細胞は「数と若さが足りない」>
「再生医療」と聞くと、がん治療とはちょっと関係のない世界に思われるかもしれません。私も、がん治療というよりは、別の疾患の治療の可能性の広がりを知るために、再生医療学会に参加してきました。
とはいえ、がん治療の話題もあり、その中で特に興味深かったのが次に挙げる2つの発表です。
■「iPS細胞を介した抗原特異的T細胞の再生」
(第15回日本再生医療学会総会 ランチョンセミナー17 京都大学iPS細胞研究所 金子新先生)
■「がん治療に向けた次世代型CAR-T細胞療法の開発」
(第15回日本再生医療学会総会 シンポジウム17 免疫が変える“がん治療の世界” 山口大学 玉田 耕治先生)
金子先生によると、免疫機能の中で、がんを「敵」として認知し攻撃する中心的な役割を果たすT細胞は、「数と若さが足りない」のが問題です。
そこで、「数」を増やそうという治療法が「CAR-T細胞療法」で、「若さ」を保とうという治療法が「免疫チェックポイント阻害剤」と言えると。今この2つは、臨床開発ラッシュで、まさに”これからが旬”と言える治療法です。
本メルマガでもこれらの治療法については既に取り上げていますので、詳しく知りたい方は↓エントリーなどをご参照ください。
■「ホンモノの免疫療法」の登場:PD-1阻害剤
http://medicalinsight.hatenablog.com/entry/2014/10/10/162726
■画期的抗がん治療「CAR-T細胞療法」が1回5000万円超だって???
http://medicalinsight.hatenablog.com/entry/2015/12/30/235516
先に挙げた2つの発表演題は、これらの治療法の更に先を行く可能性のある研究です。
<「数も若さも」補う”iPS-T細胞療法”>
まず、iPS細胞を用いた新治療法の可能性からいきましょう。
iPS細胞といえば、ご存知ノーベル賞受賞者の山中伸也先生が発見した、「人間の皮膚などの体細胞に、極少数の因子を導入し、培養することによって、様々な組織や臓器の細胞に分化する能力とほぼ無限に増殖する能力をもつ多能性幹細胞」(出典:CiRAホームページ)です。
がんを識別する探知機をきちんと備えているT細胞は、一方で、がんから発せられる様々なシグナルを受けているうちに、どんどん「疲弊」していってしまいます。
そこで、がん細胞を識別する探知機を備えたT細胞を取り出し、体外でiPS細胞の技術を用いて「初期化」して(つまり若返らせた上で)大量に増殖させ、再び体内に戻すというのが、金子先生が考えられた治療法です。
まだ正式名がついていないようですが、ひとまず「iPS-T細胞療法」と呼んでおきましょう。
ここで面白いのが、初期化しても探知機部分は機能が保存されるという点。本体のミサイル部分だけが新しいものに入れ替わって大量増殖・投入されるという図式です。
数と若さの問題を同時に解決しようということですね。面白い。
「敵(がん細胞)をロックオンした状態のミサイルを大量に製造して戦場に投入する」という意味では、基本思想はCAR-T細胞療法と同じで、違うのは探知機部分の性能の差です。
既存のCAR-T細胞療法は、探知機のがん細胞のロックオン度合い(抗原特異性)がややアバウトなため対応できるがん種もかなり限られてくるのですが、iPS-T細胞療法は一旦がん細胞を完全にロックオンした探知機を使うため、理論上どのようながん(抗原)であれ、完璧に狙い撃ちできます。
動物実験レベルですが、有望そうなデータが紹介されていましたので、今後、臨床開発に順調に進んで行くことを期待したいと思います。
<次世代型CAR-T細胞療法は固形がんにも有効な可能性>
次に次世代型のCAR-T細胞療法についてです。
以前のメルマガにも書きましたが、がん細胞は色々なシグナルを出して、T細胞ががん細胞を異物と認識するプロセスを邪魔することができ、T細胞の攻撃態勢が整わないようにしてしまいます。
そこで、T細胞を体外に取り出して、がん細胞の表面にある印(抗原)を認識できる受容体をT細胞の表面に人工的に発現させ、その”探知機付き”のT細胞を大量に増殖させてから体内に戻します。
すると、体内でそのT細胞がさらに増殖した上で、標的であるがん細胞に対し攻撃を加える、というのがCAR-T細胞療法です。
すでに治験で素晴らしいデータが出ているのですが、今後を見据えたとき、現状のCAR-T細胞療法の最大の問題点は、ターゲットとなるがん種の幅が狭いことです。基本的に対象となりそうなのは血液がんのみで、固形がんには期待できません。
この大きな理由と考えられるのが、現状のCAR-T細胞療法はターゲットできる抗原が1つしかないということです。
これだと前述したようにロックオン度合いが”甘い”。
玉田先生のグループは、このボトルネックの解消を目指すべく、複数の抗原(標的)を認識できる新しいCAR-T細胞を開発し、研究を進めています。
詳細の技術説明は割愛しますが、この次世代型のCAR-T細胞療法だと、今まで対象となり得なかった固形がんに対しても基礎実験レベルで有望なデータが出ており、こちらも臨床開発へのステップアップが予定されているようです。
ということで、iPS-T細胞療法と次世代型CAR-T細胞療法、日本発の研究として花開くことを期待したいと思います。
一方で、将来的に臨床の現場で広く使われていくようになるためには、コストをどの程度セーブできるかというところも重要になりますので、この点も合わせて今後注視して参ります。