【ASCO特別版】 抗がん剤治療に革命が始まった〜免疫療法時代の幕開け〜

今年のASCO(米国臨床腫瘍学会)は「免疫療法(Immunotherapy)時代の幕開け」を強く感じさせる大会でした。

 

会の副題が”Illumination & Innovation”(「解明」と「革新」)だったことでも明らかなように、革新的な”ホンモノの免疫療法”についての演題ががん種を問わずずらりと並び、世界中から集まった医師たちの「熱気」を感じ取ることができました。

 

今週のメルマガは「特別版」としてASCOで仕入れた最新情報を、わかりやすくお伝えします。

 

f:id:healthsolutions:20150601140519j:plain

 

 

<”ホンモノの免疫療法”って何?〜免疫チェックポイント阻害剤の仕組み〜>

 

ヒトの身体には「免疫機能」が備わっています。すなわち、細菌やウィルスなど「異物」が入り込んだとき、私たちの免疫機能が働いて異物を攻撃し、破壊してくれるのです。

 

がん細胞も例外ではなく、我々の身体の中では毎日のようにがん細胞ができると免疫機能が「異物」と認識して排除してくれているので、簡単にはがんに罹らないですんでいるわけです。

 

免疫機能の主軸の一つが、細胞障害性T細胞(キラーT細胞)と呼ばれる免疫細胞です。

 

www.youtube.com

YouTube

  

 

詳細は端折りますが、ヘルパーT細胞と呼ばれる別の種類の免疫細胞が身体の中に異物となる細胞を認識すると、「こんな悪者がいますぜ」と照合写真付きでキラーT細胞に情報を渡す。するとキラーT細胞が目覚めて「悪者」を探し、見つけ次第動画にあるように攻撃を加えます。

 

ところが、がん細胞は巧妙にもPD-L1と呼ばれる物質を表面に出して、近づいてきたキラーT細胞の表面にあるPD-1と呼ばれる物質に結びついてしまいます。

 

そうすると、せっかく目覚めていたキラーT細胞に「おやすみスイッチ」が入ってしまい、おとなしくなってしまうのです。

 

逆に言えば、このPD-L1とPD-1の結合を妨げてしまえば、キラーT細胞が本来の攻撃力を発揮できるようになるわけです。T細胞側のPD-1を塞いでしまうのがPD-1阻害剤、腫瘍細胞側のPD-L1を塞いでしまうのがPD-L1阻害剤になります。

 

PD-1阻害剤、PD-L1阻害剤、そして別の種類のスイッチを防ぐCTLA-4阻害剤など、免疫機能のスイッチがオフになるのを防ぐ薬剤を「免疫チェックポイント阻害剤」と呼びます。

 

日本でがんの免疫療法というと、樹状細胞ワクチン療法やらNK細胞療法など、治験で有効性や安全性がまったく確認されていない「えせ免疫療法」の方が目立っていますが、どうかこれらと混同しないようにしてください。

 

 

 

<効果があってなおかつ副作用が少ない>

 

抗がん剤といえば、効果はそこそこあったとしても副作用もかなりあるのが相場でした。

 

また、新薬のほとんどは、プラセボ(偽薬)との比較や、既存の治療薬に”上乗せ”した形で効果を確認して世の中に出て来ているケースがほとんどで、既存の標準的な治療薬とガチンコでいきなり勝負(比較)して出てくるということはまずありませんでした。

 

ところが、免疫チェックポイント阻害剤は、既存の標準治療とのガチンコ勝負で効果も安全性も「圧勝」しはじめているのです。

 

 今回のASCOで数多く発表された免疫チェックポイント阻害剤の最新治験データの中から、一番インパクトの大きそうな、非小細胞肺がんでのPD-1阻害剤ニボルマブの治験データをご紹介します。 

 ■”Nivolumab Considered Practice Changing in Refractory, Advanced Nonsquamous NSCLC”「ニボルマブが進行非小細胞肺がん(非扁平上皮がん)の治療体系を変える」(ASCO Daily News)

   

フェーズ3の治験で、プラチナ製剤で既に治療された患者582名を、ニボルマブ投与群と現在の標準治療であるドセタキセル投与群の2群に分けて治療、比較したところ、全生存期間(OS)の中央値で、12.2ヶ月vs 9.4ヶ月と、有意差ありでニボルマブに軍配が上がりました。

 

特筆すべき点が2つあります。

 

1つめは、PD-L1が発現しているがん細胞が1%以上ある場合の全生存期間は17.2ヶ月と、ドセタキセル群の倍程度あること。1%未満の場合は、効果面での有意差は無いので、このPD-L1の有無が薬の効果を予測する因子になり得るということです。

 

2つめが、グレード3以上の重篤な副作用の発症率が10%vs54%と、ニボルマブ群が圧倒的に少ないことです。 この10%というのは、抗がん剤としては衝撃的に少ない数値で、患者さんにとっては間違いなく福音と言えます。

 

 

 

 

<今後の展開と課題>

 

免疫チェックポイント阻害剤の今後の展開で注目すべきは、「広範囲のがん種への適応拡大」、「”組み合わせ”による期待効果の上昇」、「価格問題」の3つです。

 

まず、「広範囲のがん種への適応拡大」ですが、前出の肺がん以外でも、肝臓がん、膀胱がん、腎がん、悪性リンパ腫などで免疫チェックポイント阻害剤の治験が次々に進んでおり、いずれも極めてポジティブな結果が出つつあります。

 

際立った遺伝子変異が一つあるようなタイプのがんよりも、色々な遺伝子変異が発現している”複雑な”(逆に言えば現状臨床成績がよろしくない)がんに向いているらしいのです。

 

ちなみに、乳がんではトリプルネガティブで有望と考えられていますが、ともかくも迅速な適応拡大が期待されます。

 

次に、「”組み合わせ”による期待効果の上昇」ですが、免疫チェックポイント阻害剤同士の併用、化学療法や分子標的薬との併用、さらにはがんワクチンとの併用など、今後様々な使い方でより効果の出る方法が模索されることになりそうです。

 

今回のASCOでは、悪性黒色腫でのCTLA-4阻害剤(イプリブマブ)とPD-1阻害剤(ニボルマブ)の併用の治験結果が発表されました。

 

イプリブマブ単剤群、ニボルマブ単剤群、イプリムマブ+ニボルマブ併用群の3群で比較したところ、全生存期間(OS)のデータは未だ出て来ていないものの、無増悪生存期間(PFS)では、2.9ヶ月vs6.9ヶ月vs11.5ヶ月と、併用群がベストの結果。

 

ただし、Grade3以上の重篤な副作用も、27%vs16%vs55%、と併用するとぐっと増えることがわかり、組み合わせで使う時は単剤の時とは異なる注意が必要になるかもしれません。

 

最後に「価格問題」です。

 

以前のエントリー「Vol.30 「ホンモノの免疫療法」の登場:PD-1阻害剤」 でも書きましたが、このクラスの薬剤の年間薬剤費は1500万円を超えます。

 

今後、適応が広がって投与される患者さんの数が10万人くらいになったとします(この程度は余裕であり得る数字)。すると、それだけで薬剤費は年間1.5兆円と莫大な金額となり、他の薬剤費を削りでもしない限り、厳しい保険財政の中で賄うことはまず無理でしょう。

 

ましてや、前述の「免疫チェックポイント阻害剤の併用」などしようものなら、とんでもないコストになります。

 

ASCOでもこの問題は非常に真剣かつ深刻に受け止められており、「Value(価値)」というのが今年のもう一つのテーマでした。

 

その薬剤が、本当に価格に見合うだけの価値が提供できているのか、厳しく問われる時代になってきていることは間違いありません。