恩師S先生引退に寄せる惜別の辞

春が来た。桜の開花のニュースを聞くと、何か淡い甘酸っぱい不思議な気持ちになるのは日本人の性なのであろう。東大の9月入学が話題になっているが、何でも海外と同じにすれば良いというものではなく、佳き文化はきちんと継続するというのがグル―バルスタンダードなんじゃないのと思う。


さて、そんなこの春に、母校(中学・高校)で6年間お世話になった恩師S先生が突然引退されるというニュースが入った。


S先生の話は、一昨年のエントリー「本当に必要な教育〜センター試験に思う〜」(http://d.hatena.ne.jp/healthsolutions/20100123/1264256814)でも書いたが、筋の良い英語を仕込んで頂いただけでなく、人としての生き方を教わった真の恩師だ。S先生から頂いた言葉の数々は心に沁み込み、今の自分が自分である上で、最も影響があった師と言ってよい。


今日は、そんなS先生に頂いた言葉の中で、今でも心に響いている3つの言葉を紹介したい。


<出会いの言葉>

「君たちと今日ここでこうして出会ったということは、すごいことなんだ。考えてもみなよ。地球上に何十億人といる中で、こうやって今この時間この教室にいる。どれだけの確率でこんなことが起きると思う?だからこの出会いを大切にしよう。」


これが、S先生の最初の授業の最初の言葉だった。僕は、この言葉を聞いた瞬間に凄い衝撃を受けた。そしてこれはすごい人と出会えたとも思った。”ことば”にこんなに力があるなんて思ってもいなかった、というのが中学生になったばかりの男子としての偽らざる気持ちだった。


以後、長ずるにつれ、偶然の“縁”を大事にする姿勢によって、自分自身の人生が豊かになるという経験を何度となくしている。そうした姿勢が身に付いたのも、S先生の最初のこの言葉があったからこそだと思っている。


<運の使い方>

「運ってのはね、みんな平等なんだ。だから無駄遣いしちゃいけない。いいか、宝くじなんか買っちゃダメだぞ。あんなもん当たってみろ。ろくなことにならない。」


S先生はギャンブラーとして凄腕の人で、あの雀聖阿佐田哲也の本にも「堅い職業なので名前は出せないが。。。」という感じでお仲間として登場するような人だった。そんな先生だからこその名言が一杯あるのだが、この運の使い方についての言葉はそれだけに説得力があった。


分不相応に勝ち過ぎちゃいけないというこの教え、実は20年後に痛感することになる。僕が仕事人生の中で怖いくらいに上手く行ったのが、2004年。この時は、前年に転職して入った製薬会社で爪水虫薬の新任プロマネとして、幸運も重なって売上を220億円から300億円まで急増させることに成功した。


その翌年の社員総出の新年会のイベントでは社長賞を獲得し、更にテーマは忘れたがプレゼン大会でも優勝をさらってしまった。表彰をされて挨拶して壇上から降りたその時、ものすごく嫌な予感が走ったのだ。「勝ち過ぎた」と。


その後3年ほど、「運」という意味では実にしんどい時期が続いた。裏付けのないバカ勝ちは転落の印。バカ勝ちする前に、手綱を絞らなければならない。勝っている時にこそ、細心の注意を払わなければならないのだ、という自戒は今でも強く心の中にある。


<人間の性>

「人間の根源的なエネルギーの源って、君ら何だと思う?俺はね、それは"嫉妬"だと思うね」


数あるS先生の名言の中で、蓋し名言中の名言。自分の胸に手を当てて考えてみると、中学生の当時も今も実によくあてはまっていると思う。


よくこういう話があると、「結局はオカネでしょ」っていう現実主義的な考え方をする人も多いのだが、オカネも元をたどればやっぱり嫉妬なのだ。オカネ。美。知性。僕らは色んなものに嫉妬しながら、でもだからこそより良い状況を創り出そうと色々ともがくのだと思う。


いやまあ、嫉妬以外にも、例えば嫁さんを喜ばせるためにとか娘の笑顔を見るためにとかでモチベーションが湧くっていうことも勿論あるのだが、負けず嫌いな自分としては、何と言っても嫉妬が最大のエネルギー源だと思うのだ。




とまあ、こんな感じで沢山の言葉のシャワーと、ちょくちょくある休講のおかげで、本当に大好きな先生だった。


S先生、本当に本当に、今日まで子供たちに真剣に向き合い、言葉を投げかけ続けて下さって、ありがとうございました。いつの日かまたふらっと先生の御宅に伺って、馬の話をしながら人生の途中報告をしたいと思ってます。