抗がん剤分子標的薬の薬価は“変動制”にすべきだ

MessageLeafのブログ更新を定期的にやるようになって、こちらのエントリーがえらくご無沙汰してしまったが、ぼちぼちと復活させていきたい。

 

先日、eyeforpharma社が主催する「Oncology Japan 2012」というイベントに出席した。今年で3回目となるこのイベント、今まではあまりにも高額過ぎてちょっと手が出せないなという感じだったが、今年はペーパーを寄稿したのがご縁でご招待いただいた。

正直なところそれほど期待していたわけではなかったが、出席した1日目のセッションが思いのほか充実した内容で、大いに有意義な時間を過ごせた。

 

<分子標的薬の真の課題は、「対象患者が十分に絞り切れていないのに薬価が高い」こと>

セッションの中で最も盛り上がったのが、「個別化医療をより普及させるためにどのような取り組みが必要か」というパネルディスカッションだった。このディスカッションの中で、次のような問いかけがあった。

 

分子標的薬を用いたがん治療においてどのような問題点があるか?

A.    従来の抗がん剤とは異なった毒性がある

B.    抗腫瘍効果をあらかじめ判定するマーカーはない

C.    対象となる患者さんは限られてしまう

D.   薬価が高い

E.    投与期間をどう決定するか定かではない

 

会場の回答はA,B,Dでかなり割れたものの、製薬会社関係の方が多かったからだろうと思うのだが、Aが最も多かった。次いで、DBの順番。

私自身はとりあえずDと答えたが、分子標的薬にとっての真の課題は、単に薬価が高いのが問題なのではない。有用性がそれほど期待できない患者にも広く使われ得る中で、高い薬価が付いていることが問題だと考えている。乳がんにおけるアバスチンなどが、典型例だろう。

 

有用性がそれほど大したことはないようにしか見えないのには、理由もある。それは、大半の製品が、コンパニオン診断薬とセットでもない限り、開発時に標準療法との「ガチンコ」ではなく「標準療法への上乗せ」もしくは「レイトステージ」での治験で承認を取得することを目指すからだ。治験の成功確率はこれによって高まるものの、この類の治験で示せる有用性は大概マージナルなものになる。

これは、製薬会社を責めるのも酷で、巨額の開発投資をしている以上、まずは開発の成功確率を上げることを考えざるを得ない。開発に失敗したら、「はいそれまで」で、一銭にもならないのが医薬品の世界なのだ。しかし、それだといきなりの「ガチンコ」勝負には出られず、マージナルな有用性の示唆で終るというジレンマがある。

 

このまま分子標的薬が増え続けると、患者にとってみると、再発してかなり厳しい状態になってきたところで、高価な分子標的薬のオプションが次から次へと提示される状態になる。うまくハマって効果が出れば良いが、そうではないと↓の図のような経験をすることになる。

 

 

 分子標的薬にとって真の課題は、「対象患者が十分に絞り切れていないのに薬価が高い」だと筆者は考える。

 

 

<最初から高額な薬剤は保険適用されなくなる時代に>

HTA(医療技術評価)を徹底しているイギリスのNICEなどは、高額な分子標的薬に対し、保険適用について非常に慎重な姿勢で臨んでいる。転移性乳がんにおけるアバスチン、転移性腎細胞癌に対するソラフェニブなど、日本では保険制度の範囲内で使えるが英国では使えないケースが多々ある。

しかし、単に医療経済性を承認時に厳しく審査するということをすると、前述したように分子標的薬の多くは、「高薬価だけどシャープな有用性が示されていない」ため、ことごとく保険適用されなくなる。これは、製薬会社にとっても患者にとっても「Win-Win」の真逆で、「Lose-Lose」だ。保険適用されなければ製薬会社にとって殆ど売上は期待できないし、患者も金持ちでなければ薬を使えないということになる。

 

しかし、分子標的薬は、当初は本当に有用な患者像が不明確で全体としての有用性がシャープに示されなかったものが、後から明確になるようなことが十分に考え得る。非小細胞肺がんの中でも、EGFR遺伝子変異陽性例に特異的に有用であることがわかったイレッサが良い事例だ。イレッサも、日本で承認されて研究が進まなかったら、そのまま「オクラ入り」になっていた可能性も十分にある。

日本も、これまでは非常に寛容的な保険制度のため、費用対効果が理由で保険適用されなかったケースは無いが、保険財政が厳しくなってくる今後はなかなかそうもいかなくなるだろう。

 

<大胆な「薬価変動制」こそが解>

この問題を一気に解決する良い方法が一つある。

それは、ダイナミック薬価算定制度とでも言うべきものだ。

ターゲットがクリアになり切っておらず、シャープな有用性が示されきれていない分子標的薬については、当初の薬価は本来想定される薬価の3分の1とか4分の1程度に抑える。そして、例えばより狭いターゲットによりクリアに有用性が示された場合は、その時点で薬価を再評価して、3倍、4倍と大胆に上げていく、ということを前もって約束しておく方法である。

 

この方法のメリットは2つある。

1つは、当初の薬価を抑えることで、薬価が理由で保険承認されないという事態を回避でき、患者さんにとっては新薬へのアクセスが担保され、製薬会社にもとりあえず上市することで開発費用の回収が可能になるということ。

2つめは、後々の薬価プレミアムを約束することで、製薬会社にとって、よりターゲットを絞った形での有用性を探索するインセンティブが生じること、だ。製薬会社は薬価が変わらないのであれば、ターゲットを敢えて狭める試験をやりたいとは本音では思わない。しかし、その辺りの話をすべて医師主導型でやるといっても、資金だけでなく人力的にやはり無理が出てくる。ここはやはり製薬会社をうまく働かせた方が良いところだ。

 

個別化医療」は今後、「さらいきめ細かい個別化」に進んでいく。例えば、同じEGFR遺伝子変異陽性型の中でも、T790Mがリッチな群とそうでない群でイレッサのようなEGFR-TKIを投与すべきか否かが変わってくる、というような知見がどんどん明らかになっていくし、そうした動きを加速化させていかなければならない。大胆な「薬価変動制」というのは、そのための良き処方箋になるのだ。

 

 

参考エントリー:

「がん治療薬に1000万円払いますか?~英国NICEの決定から考える高額薬剤費の負担のあり方~(1)」 http://d.hatena.ne.jp/healthsolutions/20111019/1318989722

「がん治療薬に1000万円払いますか?~英国NICEの決定から考える高額薬剤費の負担のあり方~(2)」 http://d.hatena.ne.jp/healthsolutions/20111114/1321258932