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がん医療政策の議論にもエビデンスを~臨床腫瘍学会の患者参画プログラムを聴講して~

<臨床腫瘍学会での患者参画プログラム>

大阪で開催中の日本臨床腫瘍学会学術集会に参加している。

初日の今日の目玉の一つ、公開シンポジウム「がん患者の必要としているがん医療~地域でがん患者を支えるためには~」の途中まで聴講してきた。

まずもって、これは大会長の中川先生の思いがあって実現されたことであろうが、臨床腫瘍学会も患者参画の学会というものを強く意識し始め、プログラムに入り始めたことは素晴らしいことだと思う。

 

セッション1では、「がん医療の地域連携・職種連携:これまでの問題点」とあったが、地域連携とか職種間連携という話はほとんどされず、現状のがん治療の問題点について下記のメンバーで討議されていた。

・総合司会:田原総一朗

・パネリスト:寺本民生(日本内科学会理事長)、高野利実(虎の門病院臨床腫瘍科)、平子義紀(朝日新聞アピタル編集長)、濱本満紀(NPO法人がんと共に生きる会事務局長)、中川和彦(近畿大学医学部内科学教室腫瘍内科部門教授)

 

本セッションを聴き終わって、思ったことが二つある。

 

<素晴らしい診療をされている先生だからこそ見えない問題がある>

一つは、志も素晴らしく理想的な臨床を実施されているトップの先生方の“意見”は、実はあまり参考にならないどころか、むしろ問題を見えなくしてしまうかもしれない、ということだ。

一例を挙げよう。「患者とのコミュニケーション技術をいったい医師は本当に身に付けているのか?そんな教育されているのか?」という田原さんの問いに対し、中川先生から「そういう教育はしっかりされている。模擬患者を使ってトレーニングしている」との回答があった。

これは、臨床腫瘍専門医の育成過程においてはそうなのだろうが、現在大半の患者さんが診療を受けているのは、臨床腫瘍専門医ではない医師であることを考えると、おそらくそんな教育はしっかり受けていない医師がまだ大半、というのが本当のところなのではなかろうか。

 

別の例では、高野先生から、「ドラッグラグというがそこまで大きな差はない。我々が手にしている薬剤でも適切な治療を行なうことによって、欧米とそん色ない治療成績を残せている」という話もあった。これも、たとえ適応外であっても自身で高度な判断のもとに投与を行なえる高野先生クラスの先生ばかりが臨床を担っているのであれば問題ないが、「普通の外科医」が抗がん剤治療もかけもたざるをえない状況で、同じことを望むことはできない。

 

いずれにせよ、この類の議論は偉い先生が出てきて「我々はこうです」で進めてしまうと、実態とほど遠い形で事実認識がされてしまうリスクが常にある。学会の企画のパネルに呼ばれるとなると、どうしても名前のある立派な先生ばかりになってしまうが、アタマの痛いところなのだが。。。

 

<がん政策の議論にもエビデンスを>

もう一つ思ったことが、今のがん医療に何が足りないかみたいな議論になると、途端に個人の経験や見解で片付けてしまわれる傾向があるが、こうした議論も、もう少しエビデンスに基づいたものにしていきたい、ということだ。がん治療のトップの先生方は、薬の話は極めてシビアにデータに基づいた議論をされるけど、この類の話になると前述のように「個人の経験」というエビデンスレベルとしては最も低いものをベースに議論されてしまう。

前述の、「がん治療医が患者ときちんとコミュニケーションをとれているのか」という話であれば、例えば治療法に関して複数の選択肢が提示されているのか、とか、そのメリットやデメリットについて十分な説明を受けているのか、とか、最終的に患者さんが納得いく形で治療を決めているのか、とか、納得するためのファクターとして他にどんなことがありそうか、等々の事項を定量的に把握しておかないと、いつまでたって神学論争のレベルで留まってしまい、真の問題は見えてこない。

ちなみに、メディカル・インサイトがお手伝いさせていただいた愛媛でのがん患者調査では、告知時に30分以上かけたかかけなかったかで、患者にとって感じる配慮が大きく変わってくることが判った一方、実際に30分以上時間をかけているケースはわずか3割にとどまることが判っている。(添付参照)

 

本セッションでは、唯一、患者代表の立場で濱本さんが、「緩和ケアの充実と言っても、その指標が無ければ次の計画を立てようにも立てられないはず。除痛率を公表するといった話はどこに消えてしまったのか」という素晴らしい問題提起をされていたが、司会の田原さんもこのあたりの重要性をまったく理解されていなかったと見えて、かる~くスルーされてしまっていた。有名人司会者は客寄せにはなるが、論点の理解が無いとファシリテーションはできない。

 

とはいえ、最初に述べたようにまずはこうした取り組みが始まったこと自体は素晴らしいことなので、今後の討議がより実のある形に進化いくことを期待したい。