緩和医療学会、変革中!

先週末、神戸で開催された緩和医療学会に出席してきた。ここ6年ほど出ているが、今回の緩和医療学会は今までのものからぐぐっと進化を遂げていて、大変感銘を受けた。

 

一番感銘を受けたのが、↓の地元産グルメの屋台群! 

 

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というのはもちろん冗談だが、出たセッション全てが「当たり!」でなおかつ行きたくても行けなかったセッションがあるという経験は、他の学会でもそうそうないことだ。

 

何が良かったか。

 

・ついに患者(サバイバー)との本当のコラボレーションが始まった

・ついにがん治療医が主体的に緩和ケアを語り始めた

 

この2つに尽きる。

 

私が出席した2つの珠玉のパネルディスカッションの紹介をしながら、この緩和医療学会の歓迎すべき変貌ぶりを2回にわたり書き綴りたい。今回はまず、患者との「本気のコラボ」を感じたパネルディスカッション:「サバイバーシップという考え方」を紹介する。

 

 

MDアンダーセンのサバイバーシップ・クリニック>

 

まずトップバッターとして、MD Anderson Cancer CenterFoxhall教授が、自施設で展開されている「Survivorship Clinics(サバイバーシップ・クリニック)」の紹介をされた。

 

以前は小児がんのみの診療科だったのが、ここ数年で各種がんに対象を拡げ、現在では10種類もの診療科があるという。

このクリニックでやっていることは、「Surveillanceサーベイランス)」、「Risk Reduction/Early Detection(健康指導による再発や別種のがん発現リスクの低減と再発/別種がんの早期発見)」、「Monitoring for Late Effects(がん治療による後遺症のモニタリング)」「Psychosocial Functioning(社会心理的問題のカウンセリング)」の4つ。

 

印象的だったのは、この診療科はすべて外来で、「Physician Assistants」や「Nurse Practitioner」といった「Midlevel Practice(中間的な医療職による診療)」ですべて行われている、ということだ。日本でもサバイバーシップの部分で手厚い医療を行なおうと思えば、やはりこうした仕組みが必要になってくるだろう。

 

 

<何年生きるかではなく、どう生きるか>

 

乳がんサバイバーである桜井なおみさんの「何年生きるかでなく、どう生きるかを考える」で強く印象に残ったのが、サバイバーにとっての「スピリチュアル・ペイン」についての語りだ。

 

僕自身、緩和医療の領域に関わってきて、患者の痛みには「身体的苦痛」「精神的苦痛」に加えて「ソーシャル・ペイン(社会的苦痛)」と「スピリチュアル・ペイン(霊的苦痛)」がある、というシェーマを何度も見てきたが、この後者2つが一体本当のところ何を意味しているのかということについて、腹落ちする説明を聞いたことがなかった。

 

桜井さんは、「To Be」(自分自身)の周縁にある「仕事」「役割」「友人」といった「To Do」(やれること)がぽろぽろと落ちる図を示して、「スピリチュアル・ペイン」とは身体的苦痛・精神的苦痛・社会的苦痛が原因でできること(To Do)がどんどん抜け落ちることで、最後に残る自分自身の根源的な存在(To Be)が傷つくことだという説明をしてくれた。 

 

さらに大事なのは、To Beだけ大きく残ることは痛みでもあるが、同時に自分自身が何たるか、すなわち生きる意味は何なのかを改めて知るきっかけにもなり、それこそがサバイバーシップである、と。そして、患者ががんという病気を契機に新たな自分を見出すことは「キャンサーギフト」とも言うべきものである、と結んだ。

 

患者さんの病状や家族環境、また元々の性格によって個々の差は大きいが、自分自身を見つめることがなかなかできなかったり、時間がかかったりする患者さんは多い。この後に発表された鹿児島の相良病院の取り組みにもあったが、「押し付けでない形でのピアサポート」がうまく受けられるような仕組みづくりをすることが、「何年生きるか」と「どう生きるか」は異なることを前提にしたサポート体制構築の第一歩になるだろう。

 

 

 

<キャンサー・サバイバーの底力>

 

もう一人のサバイバー演者、小嶋修一さんのお話も深く心に残った。TBS記者でもあり精巣がんという希少がんのサバイバーでもある小嶋さん。

 

20代で精巣がんを発症し、希少がんならではの苦しみ、そして若くして性的な機能を喪う事の苦しみについて、訥々と語られていたが、実はこのまさに6月に20数年ぶりにもう一方の睾丸にがんが見つかり、手術をされたばかりであることを告げられたのには衝撃を受けた。

 

そして、小嶋さんが特に感じた痛みとして、「検査結果を待つ間、これほどの苦痛は患者にとってない」という言葉は非常に切実だった。自己診断で確信を持っていたのにも拘らず関東の某有名病院では真剣に取り合ってもらえず精密検査に数ヶ月待ちと言われたこと。そして、その病院に見切りをつけ、「診断がついたら即日手術」をモットーにしている京都府立医大の門をたたいて、その通り即日手術になったというお話。さらにその後、両方の睾丸を喪ったことにより、異常な多汗をはじめとする後遺症が次々に襲ってきていること。

 

そんな激しい心の動きについて、小嶋さんが訥々としかししっかりとお話をされる様そのものが、タイトルにもなっている「キャンサー・サバイバーの底力」を感じさせるもので、心に深く、そして静かにぐーっと迫ってきた。

 

 

<サバイバーシップはがん医療のネクスト・ステージ>

 

緩和医療は患者の様々な痛み・苦しみを「全人的」に扱うのが本来の姿であり、こうした痛みや苦しみは患者固有のものである以上、サバイバーの声を“聴く”ということが学会の中でも最も頻繁に為されていてしかるべき学会だが、今まではなかなか患者が主役になってという場面が無かった。

 

今回の学会ではこのセッション以外にも、「緩和ケアを伝えるむずかしさ」や「小児の緩和ケア」などのセッションで、サバイバーが活躍する場面が多かった。その意味で、画期的な変化を感じられた会であった。

 

座長を務められた山内先生が、キャンサー・サバイバーシップをがん医療の次のステージと位置付けておられたが、緩和医療学会が率先して「ネクスト・ステージ」に取り組み始めたことに大いに敬意を表したい。