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がん治療薬に1000万円払いますか?〜英国NICEの決定から考える高額薬剤費の負担のあり方〜(2)

<続:コストの担い手は誰か?>


前々回エントリー「がん治療薬に1000万円払いますか?〜英国NICEの決定から考える高額薬剤費の負担のあり方〜(1)」の最後で出てきた、急増している高額のがん治療薬剤費の負担は一体誰がしていくべきなのか?についての考察を続ける。これは、がん治療薬に限らず、リウマチや乾癬などの自己免疫疾患の治療薬として登場している「生物学的製剤」にもあてはまる議論だろう。


考えられるコストの担い手としては、
・被保険者(患者、家族)
・製薬会社
・保険者(健康保険組合
の3つのプレーヤーのどれか(もしくは組合せ)ということになる。


この内、保険者にそのまま負わせるという話は、前回述べたように現在の保険財政のひっ迫を考えるとかなり厳しいと言わざるを得ない。


では、英国のNICEのように保険で認める分子標的薬を極端に限定することにより、形として患者に負担をかけるのはどうか、というとこれは一義的にはナンセンスだ。Yervoyのような1000万円もするような薬剤を保険制度から外して自己負担にしたら、まさに「金持ちだけ命の時間を買える」という酷い話しになってしまう。


そもそも、保険とは少数の大きな不幸を多数で支えるというのが基本理念であり、疾患にかかる人の数が少なければ少なくかつその困難が大きければ大きいほど、保険の仕組みで支える必要がある。


ただ一方で、例えば80歳を過ぎたような人まで高額の分子標的薬を保険で賄うべきか、となると話は別だ。申し訳ないが、一定の年齢、例えば後期高齢者なったような方には分子標的薬の保険適応は認めない、というのが妥当な判断ではなかろうか。


蛇足になるが、こういう話になると必ず「年齢で差別するのか」「同じ年寄りと言っても色んな人がいる」みたいな声を挙げて反対する人が出てくるが、そういう人は、例えば年金の受給や喫煙や飲酒や自動車免許などの年齢資格も不要だと言うのだろうか?



次に製薬会社に負担させるというのはどうか。薬の値段が高すぎる。製薬会社は不当に儲けてけしからんので、もっと値段を下げさせろ!!というのは非常に魅力的な考え方だ。しかし、そうして製薬会社に負担を負わせるのは必ずしも賢い選択とは言えない。


高薬価によってそれなりに大きな市場になる事が予測されるからこそ、活発な市場参入=開発競争が起きる。Yervoyのような極端な薬価はさすがにどうかとは思うが、薬価を大きく切り下げると将来のこの領域でのイノベーションの芽を潰すことになりかねない。製薬会社が株式会社である以上、リターンの高い領域に開発投資を振り向けるのは致し方の無い話だ。だとすると、それなりに魅力のある薬価(薬の値段)にしておく必要がある。




<保険の大原則に立ち戻る〜大数の小さな不幸より少数の大きな不幸>


以上の議論から、癌領域の範疇で製薬会社、患者(被保険者)、国(保険者)のうち誰がコスト負担するべきかを論じると、単体で賄える負担は限定的でそこから先は不毛の議論になってしまう。


そこで、もう少し視野を拡げて考えてみたい。


保険という仕組みが前述のように「少数の大きな不幸を大数で支える仕組み」、と捉えた時、現在の日本の医療保険制度では「大数の小さな不幸」まで支え過ぎていないか、という視点が浮かぶ。この視点で観た時、採り得る打ち手が3つほどある。


(1)スイッチOTC化された医療用医薬品の保険適応除外


日本には「スイッチOTC」といって、医療用医薬品として長年使用されてきて、安全性のプロファイルがかなりわかってきた薬品を、薬局で買える薬として売り出しているものがたくさんある。ところがこれらOTC化された薬が相変わらず、医療用医薬品としても売られているのだ。


・鎮痛薬(NSAIDs、アセトアミノフェン
・胃薬(PPI剤)
・外用の水虫薬(ブテナフィン、テルビナフィンなど)
・外用の湿布薬(インドメタシンなど)
・消毒薬(イソジンなど)


などがそれにあたる。こうしたOTC化済みの医療用医薬品を、保険適応から外してしまう、というのが私の案。


一点だけ配慮しておかなければならないのは、たとえ水虫でも診療費は保険適用するということだ。足がかゆくても実は水虫ではなく別の病気なんていうケースはざらにある。結果的に軽症であってもそれはあくまでも結果論。そうした「診立て」へのアクセスと価値保全には配慮が必要だろう。


(2)スイッチOTCで代替可能そうな医療用医薬品の保険適応からの除外


更に、本当にこの医療用医薬品を保険適応させるのが良いの?という薬剤もある。例えば、モーラスという外用消炎鎮痛剤。およそ大した副作用が出ようはずもなく、スイッチOTCの外用薬で十分代替が利きそうなこの製品群で何と750億円以上の売上がある。


こうした薬剤の保険適応からの除外と(1)の分と合わせて、ざっくり1000億円くらいはねん出できるだろう。


なお、(1)・(2)の打ち手をとるためには「混合診療」を認めることが不可欠となる。とかく混合診療の話になると、「保険医療を崩壊させる」と闇雲に反対する人たちが沢山いるが、むしろ「保険医療を崩壊させないために」混合診療が必要なのだ。


(3)生活関連習慣病関連の薬剤の自己負担比率アップ


最後に、降圧剤。高脂血症剤、糖尿病剤といった所謂「生活習慣病関連」の市場も、言い方は悪いが「大数の小さな不幸」と言えるだろう。例えば、こうした疾患についての自己負担比率を上げる、といったような打ち手も必要になってこよう。


上記の生活習慣病関連薬剤の市場は2兆円程度あるので、自己負担比率を1割上乗せできれば、2000億円ねん出できる。




ということで、(1)−(3)の打ち手で3000億円くらいは何とかなりそうなのだが、これでも未だ足りないだろう。不足分は、薬価での若干の調整に加え、予防対策(たばこ税の大幅増税で喫煙率を減らすとか、ワクチンで予防可能ながんについては接種を徹底する)で賄う。こんな絵を描く事で、「少数の大きな不幸」を皆で支えていく形を創っていってはどうだろうか。