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イレッサ訴訟報道に抜け落ちている2つの視点

イレッサの訴訟で、大阪地裁の判決が先週金曜日に出た。
製薬会社(アストラゼネカ)のみ製造物責任を認定された形での敗訴で、国はかろうじて敗訴を免れた、という報道がされている。しかし、各社の報道を見ていて、すっぽり抜け落ちている観点が2つあると感じた。




<新聞大手の社説での報道>


各社の報道内容は↓のような感じだ。


読売新聞社説より抜粋*


 イレッサは、医師や患者の間では、副作用の少ない「夢の新薬」との期待が広がっていた。

 判決が指摘するように、イレッサは化学療法の知識・経験が乏しい医師も使用する可能性があった。しかも患者が自宅で服用できる飲み薬のため、副作用への警戒が薄いまま広く用いられた。

 そうした状況であったのなら、ア社はなおさら、詳しい副作用情報を提供すべきだったろう。

 抗がん剤の多くは、副作用を伴う。製薬会社には、新薬の長所ばかりでなく、負の情報である副作用についても、医師や患者に十分に開示する責任がある。そう指摘した判決は、製薬業界への重い警鐘となろう。

朝日新聞社説より抜粋*

 死亡例が相次いだことを受けて、承認の3カ月後に緊急安全性情報が出た。添付文書の冒頭に「警告」として目立つ形で間質性肺炎の危険を書くと、被害は減った。

 文書のあり方が問われたのはこれが初めてではない。厚生省(当時)はイレッサ承認の5年前、重要事項を前の方に記載することなどを求めた局長通達を出している。企業はなぜこれを守らなかったのか。国も、なぜもう一歩踏み込んで、企業に働きかけなかったのか。釈然としない思いが残る。

 「読むのは専門家なのだから」という言い分もあるだろう。だが当時、医学雑誌などを通じて、イレッサには副作用が少ない良薬とのイメージが広がっていた。判決が「平均的な医師」像を前提に、治療に必要な情報の提供義務を企業に課したのは当然であり、国民の思いに沿うものといえよう。

 わらにもすがる気持ちで新薬を待つ患者がいる。その期待に応えつつ、安全に万全を期す。二つの課題を両立させることの重要性を、イレッサ問題は改めて社会に示したといえよう。

日本経済新聞社説より抜粋*

 欧米で高い評価を得ていても国内承認が遅いため治療に使えない薬がある。「ドラッグラグ」と呼ばれる問題だ。イレッサは申請から5カ月の迅速な審査で世界に先駆けて国内で販売が承認され、遅れの解消につながると期待された。製薬産業と国は今回の判決を教訓にドラッグラグ解消の努力を続けてほしい。

 抗がん剤は強い副作用を伴うことが多い「両刃の剣」だ。しかし、他に治療法がない患者にとり、新薬は危険を承知の上の「頼みの綱」でもある。副作用の心配を明記し慎重な使用を促したうえ承認すればよい。市販後も追跡・監視し問題が生じたら敏速に対応することだ。

 イレッサは「夢の新薬」と承認前に報道され、使いやすい錠剤でもあるため、最初の3カ月で約7千人が服用し問題を大きくした。抗がん剤の専門知識に乏しい医師が処方した例もあったとされる。医師の不勉強があったのなら、それは問題だ。


<抜け落ちてる観点1:”副作用の開示”はコトの本質ではない>


新薬の承認が他国と比べて大幅に遅れるいわゆるドラッグ・ラグが問題になっている中で、イレッサは、日本が他国に先駆けて承認・販売を開始した抗がん剤という意味で、非常に稀な薬剤だ。


他国に先駆けて承認するという事は、臨床上の知見が溜まってない状況で使用経験を重ねていかなければならないのだから、それだけリスクも伴う。スキーで言うなれば、緩斜面でボーゲンの練習しかしていなかった人が、初めてコブだらけの上級者コースで滑るみたいな話だ。


そうした時はそろりそろりと極力スピードを抑えて降りてくるしか手は無いが、イレッサの最大の問題は、そうした「慣らし運転」を経ずにいきなり抗がん剤治療に習熟していない医師までが直滑降よろしくバンバン使用してしまったことにある。


この場合の「慣らし運転」とは、


 市販後一定の期間は使用できる施設・医師を限定して全例調査を徹底する事


に尽きる。


判決の重要な根拠であるがゆえに、「重要事項での記載の順番」といった瑣末な話がクローズアップされてしまっているが、これで同様の事故が防げ得たかというとそうではない。(記載の順番を前にして”副作用を(より明確に)開示”していれば、裁判では負けなかっただろうが。。。)


特にギリギリの状態の患者さんであればある程、新薬での治療を渇望する。医師の側も、2ndライン以後の抗がん剤を使用する際は少々のリスクには目をつぶる。結局のところ、上記のような厳格な使用限定が無ければ、知見が溜まっていない承認直後の時期にそうした患者さんへの投与が続き、間質性肺炎で亡くなられる方が続出という事態は起きていただろう。


繰り返しになるが、先例の無い治療薬を使用する際には「慣らし運転」を制度としてビルトインすることこそが、本質的な問題解決策だ。そして、イレッサ事件後に承認されている分子標的薬の多くは、「慣らし運転」たる施設限定での市販後の全例調査が通例となってきている。教訓はしっかり活かされているのだ。




<抜け落ちている観点2:異例の早期承認であるからこそわかった事>


今回の事例は前述したように、世界に先駆けて日本で承認・発売をするというかなり異例の状況下で起きた。


それにより問題も起きたわけだが、もしこれが通常の他の抗がん剤と同様のステップを踏みながらの開発・承認だったとすると、イレッサの承認自体が途中で没となっていた可能性が高い。海外ではイレッサは十分な有効性を治験で示す事ができなかったからである。


しかし海外で有効性が認められなかった理由を日本の医師が突き詰めて考え、EFGR陽性の患者のみに有用である、という知見が生まれた。(欧米ではEFGR陽性の患者比率が低く、日本では高い)
この知見は、世界に先駆けての承認というリスクをとったからこそのリターンだったとも言える。


よく言われることだが、批判をするのは簡単だ。しかし、リスクとベネフィットのトレードオフが存在するものに関し、リスクだけ強調して批判すると、何の創造性もない世の中になってしまう。イレッサ事件は、まさにそのことを映しだしているということを強調したい。