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“宥恕の心”に欠けた大相撲の春場所中止

大相撲の春場所開催中止が決定した。最悪である。
前回エントリーを出した時点でその可能性はあるけど、と思っていた事が現実となってしまった。


今回の開催中止、2つの意味で”最悪”だと思う。




<八百長も含んでの大相撲文化>


1つは、前回エントリーでも書いたように、大相撲の”八百長”自体がそこまで犯罪的でニュースになるようなことか、ということ。


だいたい、八百長って言っても誰に迷惑がかかったのだろうか?これがJリーグならトトの対象なのでそんなことあったら大問題だが、大相撲でたまに八百長があっても、誰も「これは明らかにおかしいではないか」というようなショボい相撲が続いていたわけではない。やっていたとしても殆どの人が観ていて気付かないレベルでやっていたわけで、それはそれで”芸”ではないか。


とはいえ、長年の好角家にとって「クサい一番」というのは何となくわかる。でも、「まあそういうこと(取組)もあるわいな」という程度で流しておくものだ。大相撲に八百長があることは、昔から週刊誌でも取り沙汰されていたし、そういう事がたまにあるかもとどこかで思いながら観ているのだ。でも、今回ワーワー騒いでいる連中で、「この取り組みは八百長くさい」と見分けられるほど肥えた目を持っている人は殆どいないのではないか。


今回のケースは、まるでマジックを知らない人が、マジシャンに対して「お前怪しげだからネタを全部見せろ」、と強要しているみたいに感じる。ネタをあえバラさずに楽しむ、という余裕が無いと文化は育たないし壊れてしまう。




<”推定有罪”の袋叩きはもうやめよう>


憤慨しているもう1つの理由は、たとえ八百長が許せないものだとしても、今回明らかに問題となった一件は大した事ないではないかという話。特に問題とされている春日錦清瀬海の取り組みは、十両の一番。十両の取り組みなんて、野球で言えば2軍戦のようなもの。そりゃ一応中継もされているけど、よっぽど暇人じゃないと観ないでしょう。


今回のケースは、言うなればプロ野球の2軍の試合で、あるチームの1軍昇格に手がかかりそうなバッターが相手チームのロートルピッチャーに事前に頼んで、「最初はカーブでストライク。次は外角に直球を外してボール。3球目に得意の内角に直球を投げてちょうだい。」とやって、ヒットを打たせてもらったみたいなものだ。


それがニュースなわけ?それで例えば、プロ野球を1ケ月興行中止にしなければならない?そんなの、おかしすぎるでしょ。


それでもこれだけ問題化された背景には、「あのマイナーな力士たちがやっていたのは、相撲界の体質的なもの。もっと有名な横綱・大関クラスもやっているに違いない」という想像がある。でも、確たる証拠は何も出てきているわけではない。


この構図は小沢一郎に対するマスコミの対応や、検察の”ストーリー作り”と非常に似ている。「”推定有罪”⇒袋叩きして社会的抹殺」というパターンがいかに社会にとって害悪か、我々は十分に見てきたではないか。




<実は”正常化”されてきている大相撲>


前述したように、私は八百長自体は時々あるものだと思っており、それを知った上で相撲は楽しむべきものと思っている。とはいえ、”ガチンコ”の比率が高まること自体は歓迎すべき事だ。


実は、今の相撲はかなりその理想的な姿に近くなっている。そこに貢献しているのが外国人力士たち。野球賭博にしても今回の八百長疑惑にしても、上位陣を占めている外国人力士はタッチしていない。彼らはそれだけガチンコでやってきたわけで、だからこそ強くなったとも言える。


“立ち合い”にしても、駆けっこみたいな立ち合いをしていた力士が多かった時代と比べ、かなりしっかり立つようになってきて、こちらも”正常化”は進んでいる。


そんな形で改善されてきている大相撲が、場所中止という最悪の事態に追い込まれてしまった。みんな、”宥恕の心”をもう少し持とう。そして、本場所再開に向けて声をあげていこうではないか。愛すべき大相撲に対して、心からのエールを送りたい。