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近藤誠医師の”抗がん剤は効かない”への処方箋

今年に入ってから、文藝春秋および週刊文春上で、慶應医学部放射線科講師の近藤誠医師と腫瘍内科医がバトルを繰り広げている。文藝春秋上で「抗がん剤は効かない」とする近藤医師に対し、国立がん研究センター中央病院の腫瘍内科医・勝俣医師とM.D.アンダーソンの上野医師が週刊文春で連名で反論。これに対し、近藤医師が文春で再反論している。


私自身は今回のケースは文春の”煽り”に上野医師と勝俣医師がうまく使われてしまった、と感じており、オリジナルの文藝春秋や先週木曜発売の近藤医師の再反論が掲載されている号については購入を控えたが、さすがに思うところあり、本エントリーで取り上げたい。




<科学的な正しさは必ずしも説得力を持たない>


上野医師・勝俣医師の反論について、Twitter上で医療関係者の反応は概ね、「近藤医師の主張はおかしい。それに比し上野・勝俣亮先生は冷静な反論で良かった」というものが多かった。


私は、学問的な勝利(?)は上野・勝俣両医師に当然あるが、一般的な読者の心にどれくらい響いたかでは、残念ながら近藤医師の方に軍配が上がってしまったように思う。科学的に正しい丁寧な表現は、必ずしも一般的な説得力に結びつかないのだ。


上野先生のTweetを拝見すると、「両方見てどちらが正しいと感じるか。あとは患者リテラシーの問題」という姿勢のようだ。私自身はそこまでのリテラシーを一般患者に持てというのは、ちょっと無理筋だと思う。患者は正しさと同じくらいわかり易さを求めている


「千種通信」というブログの1月21日エントリー「近藤誠、『週刊文春』で再反論」
http://triceratops.cocolog-nifty.com/blog/2011/01/post-f220.html)が、その辺りの機微をよく表現している。下記の近藤医師の言葉の引用部分は、これこの限りにおいては非常に説得力がある。


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私が一般向けに執筆する際重視するのは、正確さと分かりやすさの二点です。しかし、両者はしばしば衝突します。一般読者は専門用語に馴染みが薄いので、形式的正確さを追究すると、各専門用語のところで思考が途切れがちになる。そこで、実質的正確さを失わない程度で、専門用語を言い換えたり抽象化したりする作業が必要となるわけで、それこそが腕の見せ所だと思っています。
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英語で “Perception is the truth.”(認知された事こそが真実)という言葉がある。患者に科学に近づいてもらうより、心ある医師に”マーケティング”に近づいてもらいたいなと強く思う。
(でも、マーケティング・マインドを持っている医師は、科学的には如何なものかというケースが多い。。。)


今回の場合、「抗がん剤はこんなにも進化」的な要素が前面に出ても良かったように感じる。




<アカデミズムの本分の示し処>


いずれにせよ、今回の近藤医師の言説は抗がん剤でベネフィットを受け得る患者さんが治療を躊躇ってしまうかもしれないという点で、大変悪質である。とはいえ、広告宣伝ではないしマスコミ上での発言という曖昧な部分だと「言論の自由」は認めざるを得ない。(学術雑誌なら査読の段階でアウトだが)


では誰がどうしたら良いか。今回のケースでは2つのプレーヤーが反応してしかるべきと考える。1つは慶應大学医学部、もう1つは日本臨床腫瘍学会だ。


近藤医師の発言に関しては、多分に「慶應大学医学部」のブランドが信憑性を増している。「その辺の怪しげなクリニックの先生が言っているのではなく、慶應の先生が言っているんだから、間違いないだろう」とちょっと訳知り顔の人なら考える。


慶應大学はアカデミズムの本山としてそれで良いのか、という話だ。良くないのであれば、それを表に出すべきだ。


また、日本臨床腫瘍学会も「腫瘍内科医になるのだけはやめなさい」まで公開で言われているのだから、きちんと週刊文春や近藤医師本人に抗議すべきだし、本件に関する公式見解を速やかにプレスリリースすべきだろう。(これ以上利する必要は無いので、文春上ではやらない方が良い)


学術的に正しくないような言論が跋扈する時にきちんとしたステートメントをタイミングよく出し姿勢を示す事は、大学や学会の大切な役目である。黙っていたら、認めたと同じなのだから。