起業家精神とイノベーション〜ティナ・シーリグ教授の講演〜

スタンフォード大学アントレプレナー・センターのティナ・シーリグ教授が来日講演ということで、先週水曜日に聴講してきた。


シーリグ教授は、「What I wish I knew when I was 20 (20歳のときに知っておきたかったこと)」の著者で、起業家精神(アントレプレナーシップ)とイノベーションのエキスパートと呼ばれている。


ビジネススクールに通っていた時代、将来起業することになると想像だにせず、アントレプレナーシップの講義は受けずじまいだったこともあり、まっさらな気持ちで受講してみたが、想像以上に良い講演だった。


講演の中で、起業家精神とイノベーションに大切な9つのコンセプトとして、「Observation(他の人には見えていない事実を見抜く「観察眼」)」、「Connect & Combine(他のものに喩えて関係性を見出す力)」、「Challenge Assumptions(前提を疑う力))、「Reframe Problems(問題を新たな角度で再定義する力)」、「Space matters(どんな空間で過ごすか)」、「Time matters(〆切りの力)」、「Rules & Rewards(丁度良い加減のルール設定)」、「Experiment(最初はともかく数を試すこと)」、「Attitude(考え抜く、やり抜く気持ち)」、が挙げられた。


いずれも貴重な観点ではあるが、特に大切だと感じた3点について、もう少し詳しく記したい。


・Time matters
時間に切羽詰まった方が、むしろinnovativeになれるということ。いわゆる、「〆切りの力」というやつ。これは、自分の身に置き換えても理解できる。


シーリグ教授は、「Time(時間)をLimited resource(有限な資源)と置き換えても良い」と言っていた。「シリコンバレーの企業は資金には恵まれている。でも、逆にあり過ぎによる弊害も結構あるわね。」とも。「必要は発明の母」ということだろう。リソースが無いからこそ、工夫を加えるのだ。


この考え方をもう少し拡げると、この時期までにこれができなければダメ、と自分で線を切る、もしくは他人の力を上手く使って線を切ることが重要ということだと思う。


起業すると、すべて自分で決められるという面は精神衛生上良いのだが、一方で顧客に直面していないとダラダラとやろうと思えばできてしまう面もある。上手に自分を追い込まなければいけないのだ。


・Experiment
なるべく”試し打ち”を沢山やって、何がうまくいきそうかの見極めをしよう、ということ。シーリグ教授は、”rapid prototype”(超簡易試作品)と表現していたが、コンセプトをごく簡単に形にして誰かに見せてフィードバックをもらう。これを数多く繰り返して、何がうまくいって何がいかないのかを見極める。


よく「失敗のスピードを上げろ」みたいな話があるけど、それに通ずるものだろう。スピードを上げるには、簡単に作りかえられるものでなくてはならない。別の言い方をすれば、一つのアイディアに拘泥し過ぎないことが重要だということだ。


確かに、一度何かをエネルギーかけて作ってしまうと、人は自分がやったことに対して「正しかった」と思いたいがために、必要以上に拘ってしまう傾向がある。自分に自信があるタイプの人が特に陥り易い罠だろう。私自身にも思い当たる節がある。


良い意味での”軽薄さ”が初期には必要という事だ。


・Attitude
どんなに難題でも、絶対に解決策を見つけ出す、という気概を”持ち続けること”が大事、ということ。”成功するには、成功するまで決して諦めない”とはアンドリュー・カーネギーの言葉だが、この類の話は、起業して成功した人たちが共通してよく口にするものだ。


あともう一点、「絶対にやり抜くという気持ちを持つ事が大切」、ということもあるが、「絶対にやり抜くと思えるものをやる」、ということも隠れたポイントのように思える。人それぞれ、モチベーションの源泉は異なる。自分自身の真のモチベーションの源泉は何なのか(どういう事に”燃える<or萌える!?>”タイプなのか)を、きちんとわきまえておきたい。




最後に、講義の全般を通じて感じたのが、「肯定する力」だ。


ある受講生が、「私、こんなこと先ほど発言しましたが、私の間違いです。すみません。」という発言をした時、シーリグ教授はすかさず、「謝る必要なんて全然ないのよ。貴女が言ってくれた事で、すごく議論が進んだのよ。だから、先ほどの発言ありがとう。皆さんも、ブレストやっている時に一番大切なことは、”アイディアを殺さない”という事を胸に刻んでね。もしかしたら、これがこの授業で一番伝えたい事かもしれないわ。」と言った。


ちなみに、前述のシーリグ教授の著書で面白い話が出ているのだが、新製品のブレストで出てきた中で「最悪のアイディア」と思われたものを基に、製品コンセプトを創り上げてみると意外に面白いものができる、という実験的授業があるらしい。


どうも日本人は自分も含めて、やりもせぬ段階から批判的というか自省的に過ぎるきらいがある。自己批判・他者批判の眼を持つ事よりも、「こ〜んな風にやってみたら意外にうまくいくんじゃない」「お、そうくるの。そしたらこうしてみたらもっといけちゃうかもよ〜」みたいな”シリアスな能天気の連鎖”の方がもっと大切、というのが今回の最大の学びだ。