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日本の医療問題の本質(1)〜医師不足は何故起きる〜

医療への視点

1か月ほど前の事だが、医療は「福祉主義的(社会主義的?)」であるべきで「資本主義」を導入するのはけしからんという言説が、私のTwitterタイムライン上でgatacccaさんから発信された。少々間が空いてしまったが、本件についての私の見解を何回か分けて述べたい。


私は、現在の医療の様々な問題は、むしろ資本主義的な競争原理や良質のマネジメントの導入が不足しているからこそ起きていると考えている。




<日本の医師不足は医療の「社会(福祉)主義的」な構造故に起きている>


例えば、医師不足(医師の過剰労働)が何故起きるのか。
これは、明らかに医師の提供するサービスに対する需要が供給を上回ってしまっているから起きている現象である。


医療が対価を支払って享受するサービスである以上、好むと好まざるとに関わらず、「需要曲線」は存在する。もちろん、後述するように産科医療のように価格弾力性(価格による需要の変化度合)が小さいものもあるが、価格が高ければ受診は減り低ければ増える、という一般的法則は医療にもあてはまるだろう。


一方で「供給曲線」はどうだろうか。医療単価がどうであろうと、一朝一夕に医師の数が変わるわけではない。しかし、医療単価が上がり雇えるメディカルスタッフや医療事務の人が増えれば、医師の業務を肩代わりできる割合が増え、結果的に全体としての供給力が増えることを考えれば、やはり「供給曲線」にも価格弾力性はある。


細かい事を言えばきりないが、大雑把に言うと「需要曲線」も「供給曲線」もそれなりの傾きをもって存在している。これに対し、日本は医療単価が診療報酬や薬価等々で「定価」で定められ、更にこれに一定の保険料率が掛けられている。この「医療価格」が低いレベルで「天井(Price Ceiling)」があるために、需要が供給を常に上回るという構造的な問題が生じている。図で表すと、添付のようになる。


価格決定を資本主義的な自由競争に任せていたら、医療単価も保険料ももっと高いレベルに落ち着くであろう。それが証拠に、資本主義を徹底してきた米国では医療単価や保険料が日本より圧倒的に高い。


表現方法が適切ではないかもしれないが、この廉価なレベルでの価格統制という社会福祉主義的な構造での「勝ち組」はサービスの需要者たる日本国民、特に保険料率の低い高齢者であり、「負け組」は過剰労働を余儀なくされている医療従事者と保険者、ということになる。


もちろん、医療というのは万人にとって必要な福祉なのでこれで良しとするという考え方を持つ向きもあろうかと思うが、供給不足の状態が「永続的」なモデルとはとても言えない。具体的な改善方法は別途議論するとして、ここではまず日本の医療は極めて社会(福祉)主義的であり、それが医師不足の構造的な原因という事を確認しておきたい。


医療の基本構造.pptx 直