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コア・メディアの時代

雑感

日経新聞を購読しなくなってから2週間ほど経つ。Web刊が創刊されたということで、いつも駅売りの朝刊を買っていたのをそちらに乗り換えたのだが、結局見なくなった。時折、勉強カフェに置いてある朝刊を本当にササーっと斜め読みをたまにする程度だ。こんな調子だとWeb刊の方も解約を検討しなければという状況だ。


なぜそうなってきたかというと、昨年末あたりからWeb上での情報収集を、ブログやツイッターを通じて手を拡げている事が直接的な原因だと思う。


端的に言えば、新聞のネタが色あせて見えてくるのだ。


今までのマスメディアの特長というのは、煎じつめて言えば「速報力」・「信用力」・「編集力」・「言説の創造力」の4つになると思う。


新聞というのは、そのどの機能をとってみても中途半端な存在になってきている。「速報力」はTVやWebに劣るし、事実を真っ直ぐに伝えていないことがままあることが見えてきて、「信用力」も揺らいでいる。


また、「編集力」はこれだけ色々な情報ソースが入手可能になってくると、新聞社に任せるより自分で編集する方がはるかに欲しい情報を密度濃くまとめられる。


「言説の創造」という意味では、日刊の新聞では時間的な余裕がなさすぎるため、週刊誌や月刊誌に劣る。ちなみに、日経BPのサイトなどの方が、よほど日経本体のWeb刊より見どころがある。


いずれにせよ、いわゆるUGC(User Generated Contents)がメディア化するという流れは加速化されこそすれ止まることはないのであり、マス・メディア(のべたんに一つの価値観を大量に流す)からコア・メディア("濃い"情報をわかってくれる人だけが見てくれれば良いというスタンスで流す)の時代に変わってきたと言うことができると思う。


コア・メディアの時代に生きていく上で、大切なのは、「情報の取捨選択力」と「情報の発信力」だろう。


前者の「情報の取捨選択力」に関しては、自分がフォローする情報源を限定するところから始める。すなわち、定期的にチェックするブログやツイッターの数は上限を設けておくのだ。


最初はともかく面白そうなネタをどんどん定期的にチェックしていって、そこから良さそうな人のブログやツイッターに出てくる人や記事で良いものを見つけたらまたそれをフォローする、というように"芋づる" 式で情報源を増やしていく人がほとんどだと思う。


しかしながら、付き合う友人は選んだ方が良いのと同じで、チェックするブログやツイッターも厳選していかなければ情報入力の質が落ちる。


時折、1000人を超える人をツイッターでFollowしている人を見かけるが、いくらなんでもキャパオーバーではなかろうか。


そして、もう1つの「情報の発信力」。
やはり、今の時代では自分が何を考えどう行動するかという話をオープンにして、他者の社会生活に資することが世の中を良くする。


ちなみに、ブログやツイッターのコンテンツを発信するという話もあるが、もう1つ見逃してはならないのが、自分がどのような情報収集を行なっているか、という情報も常にオープンにしておくことの重要性だ。


ツイッターの美点は誰が誰をフォローしているかがオープンになっているところにあると思う。(なので、先ほどの"芋づる"ができる)ブログだとこの辺りがよく見えない事が多いが、僕がアンテナの内容をオープンしているように機能としてできないわけではないはず。もっともっと広まって欲しい。


以上の点を考える上で、佐々木俊尚さんの「キュレーション」という概念は非常に参考になったので、佐々木さんのツイッターやブログでの一連の投稿に深謝するとともに、ここに紹介しておきたい。
http://pressa.jugem.jp/?eid=181