【推薦図書】「がんとともに、自分らしく生きる」

虎の門病院の腫瘍内科医である高野利実先生が、初めての著書を出されました。

 

がんとともに、自分らしく生きる―希望をもって、がんと向き合う「HBM」のすすめ―

がんとともに、自分らしく生きる―希望をもって、がんと向き合う「HBM」のすすめ―

 

 

   

高野先生曰く、「最近の、『近藤本』や『アンチ近藤本』の刺激に疲れた患者さんの心にしみるような文章を心がけました」とのことでしたが、実際に読んでみて、今までがん治療医が書かれた本の中でも、患者さんに寄り添った優しさを特に強く覚えました。

 

この本の功績は、2つあると思っています。

 

1つは、「抗がん剤治療を行なわない」のもオプションの一つであると、抗がん剤のプロである高野先生が明確に述べ、実際に有効な手だてがある可能性が残された中でも抗がん剤治療を中止された事例がいくつも紹介されていることです。

 

実は、「抗がん剤治療を行なわない」オプションを示すことは、心あるがん治療医はきちんと行なっているのですが、近藤誠医師がらみの論争だと、「抗がん剤は是か非か」という観点のみが語られ、がん治療医側からの反論がどうしても「抗がん剤は是」という部分が強く聞こえてしまうきらいがありました。

 

しかし、本来の治療選択は、患者さんが「どう生きたいのか」ということを出発点にして考えるものであり、抗がん剤治療を行なわない選択肢も取り得るものです。

 

高野先生は、この、「患者さん一人ひとりの想い、価値観、語り合い」をベースにした医療を「HBM(Human Based Mdeicine)」と呼び、「EBM(Evidence Based Medicine)」の更に一歩先に考えなければならないものとして位置づけています。

 

もう1つの功績は、「抗がん剤治療を行なわない」選択肢は、近藤誠医師の言う「放置治療」とは異なるということをはっきりさせている点です。

 

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本書でもたくさん登場したように、私の患者さんたちのなかで、抗がん剤を使わない選択をした方は多くおられます。私が抗がん剤治療をやめるようにすすめることもよくあります。これを「がん放置療法」と呼ぶのであれば、私も、「がん放置療法」という選択肢を積極的に取り入れているということになります。

でも、私は、抗がん剤を使わないとしても、患者さんを苦しめているものを放置することはなく、できる限りの緩和ケアを行いますし、責任をもって患者さんの診療を行います。

 

・・・

 

近藤さんが、「何かあったら、私のところに駆け込めばいい」と言って、受け皿を用意してくれていればいいのですが、残念ながら、そんなことはありませんので、いざ、病状が進んで、医療が必要になったときに駆け込む先は、一般の医療機関です。

・・・

これは、「がん放置療法」というよりも、「がん患者放置療法」で、あまりに無責任だと思っています。

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抗がん剤治療に疑問を持たれながら治療を続けているような方、是非本書を手に取られることをお勧め致します。

 

再生医療とがん治療〜 iPS細胞を用いた新しいがん治療の可能性〜

通常このブログでは、抗がん剤に関しては臨床試験成績がはっきりした情報しか載せないのですが、本号では先日行なわれた再生医療学会で仕入れた、「非臨床」つまり動物実験レベルでの研究情報をお届けします。

 

「最先端」は「最良」を意味する訳ではまったくありませんが、それでも未来のがん治療の可能性を感じで頂けるのではないかと思います。

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<がんと戦うT細胞は「数と若さが足りない」>

 

再生医療」と聞くと、がん治療とはちょっと関係のない世界に思われるかもしれません。私も、がん治療というよりは、別の疾患の治療の可能性の広がりを知るために、再生医療学会に参加してきました。

 

とはいえ、がん治療の話題もあり、その中で特に興味深かったのが次に挙げる2つの発表です。

 

 ■「iPS細胞を介した抗原特異的T細胞の再生」 

(第15回日本再生医療学会総会 ランチョンセミナー17 京都大学iPS細胞研究所 金子新先生)

 

 ■「がん治療に向けた次世代型CAR-T細胞療法の開発」

(第15回日本再生医療学会総会 シンポジウム17 免疫が変える“がん治療の世界” 山口大学 玉田 耕治先生)

 

金子先生によると、免疫機能の中で、がんを「敵」として認知し攻撃する中心的な役割を果たすT細胞は、「数と若さが足りない」のが問題です。

 

そこで、「数」を増やそうという治療法が「CAR-T細胞療法」で、「若さ」を保とうという治療法が「免疫チェックポイント阻害剤」と言えると。今この2つは、臨床開発ラッシュで、まさに”これからが旬”と言える治療法です。

 

本メルマガでもこれらの治療法については既に取り上げていますので、詳しく知りたい方は↓エントリーなどをご参照ください。

 

 ■「ホンモノの免疫療法」の登場:PD-1阻害剤 
   http://medicalinsight.hatenablog.com/entry/2014/10/10/162726

 

 ■画期的抗がん治療「CAR-T細胞療法」が1回5000万円超だって???
   http://medicalinsight.hatenablog.com/entry/2015/12/30/235516

 

先に挙げた2つの発表演題は、これらの治療法の更に先を行く可能性のある研究です。

 

 

<「数も若さも」補う”iPS-T細胞療法”>

 

まず、iPS細胞を用いた新治療法の可能性からいきましょう。

 

iPS細胞といえば、ご存知ノーベル賞受賞者の山中伸也先生が発見した、「人間の皮膚などの体細胞に、極少数の因子を導入し、培養することによって、様々な組織や臓器の細胞に分化する能力とほぼ無限に増殖する能力をもつ多能性幹細胞」(出典:CiRAホームページ)です。

 

がんを識別する探知機をきちんと備えているT細胞は、一方で、がんから発せられる様々なシグナルを受けているうちに、どんどん「疲弊」していってしまいます。

 

そこで、がん細胞を識別する探知機を備えたT細胞を取り出し、体外でiPS細胞の技術を用いて「初期化」して(つまり若返らせた上で)大量に増殖させ、再び体内に戻すというのが、金子先生が考えられた治療法です。

 

まだ正式名がついていないようですが、ひとまず「iPS-T細胞療法」と呼んでおきましょう。

 

ここで面白いのが、初期化しても探知機部分は機能が保存されるという点。本体のミサイル部分だけが新しいものに入れ替わって大量増殖・投入されるという図式です。

 

数と若さの問題を同時に解決しようということですね。面白い。

 

「敵(がん細胞)をロックオンした状態のミサイルを大量に製造して戦場に投入する」という意味では、基本思想はCAR-T細胞療法と同じで、違うのは探知機部分の性能の差です。

 

既存のCAR-T細胞療法は、探知機のがん細胞のロックオン度合い(抗原特異性)がややアバウトなため対応できるがん種もかなり限られてくるのですが、iPS-T細胞療法は一旦がん細胞を完全にロックオンした探知機を使うため、理論上どのようながん(抗原)であれ、完璧に狙い撃ちできます。

 

動物実験レベルですが、有望そうなデータが紹介されていましたので、今後、臨床開発に順調に進んで行くことを期待したいと思います。

 

 

<次世代型CAR-T細胞療法は固形がんにも有効な可能性>

 

次に次世代型のCAR-T細胞療法についてです。

 

以前のメルマガにも書きましたが、がん細胞は色々なシグナルを出して、T細胞ががん細胞を異物と認識するプロセスを邪魔することができ、T細胞の攻撃態勢が整わないようにしてしまいます。

 

そこで、T細胞を体外に取り出して、がん細胞の表面にある印(抗原)を認識できる受容体をT細胞の表面に人工的に発現させ、その”探知機付き”のT細胞を大量に増殖させてから体内に戻します。

 

すると、体内でそのT細胞がさらに増殖した上で、標的であるがん細胞に対し攻撃を加える、というのがCAR-T細胞療法です。

 

すでに治験で素晴らしいデータが出ているのですが、今後を見据えたとき、現状のCAR-T細胞療法の最大の問題点は、ターゲットとなるがん種の幅が狭いことです。基本的に対象となりそうなのは血液がんのみで、固形がんには期待できません。

 

この大きな理由と考えられるのが、現状のCAR-T細胞療法はターゲットできる抗原が1つしかないということです。

 

これだと前述したようにロックオン度合いが”甘い”。

 

玉田先生のグループは、このボトルネックの解消を目指すべく、複数の抗原(標的)を認識できる新しいCAR-T細胞を開発し、研究を進めています。

 

詳細の技術説明は割愛しますが、この次世代型のCAR-T細胞療法だと、今まで対象となり得なかった固形がんに対しても基礎実験レベルで有望なデータが出ており、こちらも臨床開発へのステップアップが予定されているようです。

 

 

ということで、iPS-T細胞療法と次世代型CAR-T細胞療法、日本発の研究として花開くことを期待したいと思います。

 

一方で、将来的に臨床の現場で広く使われていくようになるためには、コストをどの程度セーブできるかというところも重要になりますので、この点も合わせて今後注視して参ります。

 

エビデンスが必要なのは医療だけじゃない〜大阪の事故とGoogle車〜

あるモノを使うことで、日本だけで年間4000人以上が亡くなられ、70万人の怪我人が出ています。

 

その「モノ」とは自動車です。

 

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私もちょくちょく出入りする大阪の梅田で、大変痛ましい事故が起きました。

 

daily-news.jp

  

 

原因は、その後の報道にもありますように、この車の運転手が運転中に「大動脈解離」を発症したことにあります。

 

「大動脈解離」によるいわゆる「突然死」は、文字通り予知できるものではありません。

防ぎようがなかった事故だと言えましょう。

 

過失のあるもの・ないもの含めて、人間が運転する限り、一定の確率で事故は起き、先ほどの年間4000人以上の死者と70万人の負傷者を生み出している訳です。

 

そこで、本来なら「自動運転」の議論がもっと盛り上がるべきところだと思うのですが、こんな記事が出てきました。

 

 ■「自動運転の夢遠のくグーグル過失事故 人間、AI…責任は誰に? 難題の好例」(SankeiBiz)

  

 

この記事によれば、グーグルの自動運転車は、累計で224万キロの運転を行なってきていて、今回が初めて自らの過失により起きた事故。しかも、誰も怪我はしていません。それまで起きていた17件の事故はすべて、人間が運転している車側に過失がありました。

 

2009年度時点で、日本国内でのあらゆる車の走行距離を足すと大体5000億kmくらいになります。(出所:国土交通省 自動車燃料消費量統計)

 

これに対し、同時期の人身事故の発生件数は約70万件、物損数は約700万件です。

(出所:日本損害保険協会)

 

ということは、

 

 ・人間の車の運転:70万kmで人身事故1件。物損10件

 ・Google車の運転:224万kmで人身事故0件。負傷者0。物損1〜2件(自分も相手も壊れていたら2件カウントとなる)

 

となります。ここから推察されるのは、Google車のような自動運転車のみの世界になれば、現時点の技術でも事故を現状の1〜2割程度にまで引き下げられるということです。

(米国のカリフォルニアの道路と日本の道路とでは環境は異なるため、ここは少しラフな議論ではあります。)

 

また今回のような事故が起きれば対策が確実に打たれますので、事故は更に減っていくでしょう。

 

それが、この記事の見出しの「自動運転の夢遠のく」ってなんなんでしょう。

人が運転するのは事故があってもよくて、機械だとゼロでないといけないってことなんですかね?

 

「危険性」は絶対評価ではなく、相対評価で考えるべきです。

 

例えば、人が手術すると1000件に1件はミスが起こり、ロボットが手術すると1万件に1件同等のミスが起こるとしたら、ロボットにやらせるって話になるでしょう。

 

医療において「Evidence Based Medicine(科学的事実に基づく医療)」が基本なのと同じく、政策や報道も「Evidence Based」で論じて頂きたいものです。

スタバの「砂糖問題」に思う「汁物」の危険性

スターバックスが、批判に晒されています。

 

gigazine.net

  

 

「Grape Mulled Fruits」というスパイス入りのホットドリンク(たぶん日本では未発売)には、なんと砂糖小さじ25杯分に相当する砂糖が入っているとのこと。

 

これは、WHOが示す、成人が1日当たりに摂取する砂糖の目安量の約4倍に相当するということです。

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私はほぼ毎日のようにスタバを利用していますが、この類いの「甘い」飲み物には一切手を出しません。

 

これは、上記の事実を知っていたからというよりは、経験的に「汁物」の方が色んなものを過剰摂取し易いということを知っているからです。(どんなに美味しくてもラーメンの汁は残すのも同じ理由によります)

 

でも、固形物のスイーツ、特にケーキとかプリンは好きなので、よく食べています。

 

実際のところどうなのかということで、スイーツや甘味飲料が砂糖をどれくらい含有しているのか、よくわかるサイトを発見しました。

 

blog.livedoor.jp

  

  

WHOガイドラインでの一日の砂糖摂取量の目安は25グラム、角砂糖で約8個分です。

 

上記のサイトで紹介されている、主だった食品/飲料の”角砂糖換算”をいくつか挙げますと、、、

 

・大福:3個

プッチンプリン:5個

・ショートケーキ:8個

・コーラ(350ml):10個

・カルピスウオーター:18個

・マックシェイク:30個(!)

 

こう見て頂くと、いかに「汁物」が危険かがおわかりかと思います。(まあ、マックシェイクは汁物ではないかもしれませんが...)

 

しかし、私もプリンはともかくケーキはもうちょっと控えなければならないかも...

全がん協の新データから見える、がん治療10年の進歩

年明けに全国がんセンター協議会(全がん協)から、本邦初のがんの「10年生存率」データが発表され、比較的大きなニュースとなりました。

 

www.nikkei.com

   

 

全がん協の生存率データ自体は以前の記事で取り上げたものなので、ご記憶の読者の方もいらっしゃるかもしれません。

 

medicalinsight.hatenablog.com

  

 

今回、日経の記事を始め、部位による差に報道のフォーカスが当たっていた感じがしますが、もっと大事な観点は、同じ部位・同じステージ・同じ年齢層の患者さんの生存率が以前と比較してどう変化しているか、です。なぜなら、そこにがん治療の「進歩」が見て取れるからです。

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50歳代でステージ1のがんを発症したとして、1997年に診断された人⇒2007年に診断された人、で、代表的ながん種で5年後の相対生存率(がんによる死を免れた率)を比較してみましょう。(上記記事時点では2005年被診断者のデータまでしかありませんでした)

 

・胃がん 96.2%⇒96.3%

・大腸がん 87.9%⇒99.1%

・肺がん 80.6%⇒93.2%

乳がん 96.5%⇒99.4%

 

胃がんはほとんど変化なしですが、大腸がん・肺がんは大きく改善しています。そして、乳がんは若干改善といったところでしょうか。

 

ちなみに、日経の記事で槍玉に挙げられた膵臓がんは、ステージ1の症例数が極めて少なく、信頼に足るサンプル数がそろっていません。(それだけ、早期発見が難しい部位なのです)

 

では、ステージ4ではどうでしょう。

 

・胃がん 11.0%⇒8.0%

・大腸がん 7.3%⇒22.0%

・肺がん 2.2%⇒4.8%

乳がん 32.1%⇒31.4%

膵臓がん 5.5%⇒0.8%

 

となり、ステージ4だと大腸がんを除いて、残念ながらあまり改善していないように見えます。

 

大腸がんは、確かに2000年代に新しい治療法が出てきて標準療法が書き換えられましたが、他の部位でも新しい治療法はそれなりに出てきており、どうもイメージに合いません。

 

そこで、ステージ4での治療成績をよりストレートに反映すると考えられる「1年生存率」で比較してみました。

 

すると、、、

 

・胃がん 29.4%⇒46.8%

・大腸がん 45.5%⇒75.4%

・肺がん 30.4%⇒47.8%

乳がん 73.9%*⇒81.3%

膵臓がん 27.0%*⇒21.3%

 

*1997年の被診断群のみだとサンプル数が不足していたため、1997/1998年の被診断群のデータとした

 

となりました。

 

膵臓がんだけ数字が悪化しているのが若干気になるところですが、大腸がんのみならず胃がん・肺がんも明確に改善しています。

 

やはり、がん治療は全体として着実に「進歩」しているのです。

あとは、米国の「Moonshot」の如くいかにギアを上げてこの進歩を加速化させていくか、ですね。

知ってますか?「かかりつけ医」の専門医資格

皆さん、身体に何らかの不調が出てきた時、最初にかかる医師を決めていますか?

 

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ow.ly

Spotlight

  

 

実際、いろんな病気や怪我で病医院を受診する際、「どの科に行くべきか」迷われることも多いかと思います。

 

しかし、残念ながら日本の多くの医師はその専門性がかなり細分化されているため、患者自身が受診する科を決めてしまうと、「見落とし(=誤診)」が発生することになります。

 

従って、記事中にあるように、信頼できる「かかりつけ医」を持つことが大事なのですが、ではどんな医師をかかりつけ医に持つべきか、というのはあまり知られていません。

 

「かかりつけ医」がいるという方でも、せいぜい「近所で評判の良い内科医」を選ぶというのがよくあるパターンではないでしょうか。

 

実は、かかりつけ医にも「専門医」資格があるのです。日本プライマリ・ケア連合学会が認定している「家庭医療専門医」という資格で、彼らはまさに「診立て」と「一次治療」の専門医です。

 

NHKの番組で「総合診療医ドクターG」というのがありますが、まさにあの「ドクターG」ですね。

 

この学会の専門医制度はまだ歴史が浅いですが、一応、この学会の「家庭医療専門医」「指導医」の資格を持つ先生方は相応のレベルがあると考えてよいでしょう。

 

もちろん、専門医資格を持たれていなくても、「かかりつけ医」としての技量を備えている医師は一定数いらっしゃいますが、何も情報がないところであれば、まずはこの資格を持つ先生を優先的に探されると良いかと思います。

 

上記の資格を持つ先生方のリストは↓の通りですので、ご参照ください。

 

 ■「指導医一覧」(日本プライマリ・ケア連合学会) 

 ■「専門医一覧」(同上)

  

*指導医一覧は、指導医3,386名の内、情報公開の賛同を得られた医師2,215名。専門医一覧は、専門医500名の内、2015年10月末日までに情報公開の賛同を得られた医師398名のみの掲載。

イシュラン編集長が選ぶ2015年のがん医療界5大ニュース!

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第5位:反論続々、近藤誠医師の”怪進撃”に待った!

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近藤誠医師については、多くの心ある医療人がその言説の誤りや危険性について、厳しい指摘を繰り返してきました。

 

しかしながら、残念なことにそうした「声」は一般の方にはなかなか伝わりませんでした。

 

ベストセラーを連発する近藤医師を持ち上げ続けてきた、マスコミや週刊誌にも大いに責任があるわけですが、一般の方によりわかりやすく伝える術を持たなかった(持とうとしなかった)、がん治療医側にも責任の一端があったでしょう。

 

そんな中、今年の夏にがん治療医が著した2冊の本が相次いで出版されました。

 

  ■「医療否定本の嘘」(勝俣範之)

 

  ■「がんとの賢い闘い方 『近藤誠理論』徹底批判」(大場大)

 

 

勝俣医師の今作は、前作「『抗がん剤は効かない』の罪」よりずっと一般の方にもわかりやすい形で書かれた良著です。

 

また、大場医師は週刊新潮上で反近藤論の狼煙を上げ、書籍のみならずブログでも警鐘を鳴らし続けています。

 

そして最後、極めつけだったのが、女優の川島なお美さんの遺作です。

 

  ■「カーテンコール」(川島なお美、鎧塚稔彦)

 

 

川島なお美さんは、この遺作の中で、近藤医師(と読み取れる医師)にセカンドオピニオンを求めたこと、そしてその場で胆管がんの病状について「手術しても生存率は悪く、死んじゃうよ」という非常に冷酷な宣告を受けたことを記しています。

 

さらに、ラジオ波で焼却することを勧められたものの、ラジオ波の専門の医師に受診してみると、胆管がんでは勧められない治療法であることがわかり、「あれって一体なんだったんでしょうか?」とまで書いています。

 

近藤医師の医師としての腕前への根本的な疑問や、患者に対してのコミュニケーションの杜撰さが、一般の方に対してこのようなインパクトある形で露呈されたのは、これが初めてでしょう。

 

いずれにせよ、2015年は近藤誠医師のこれまでの”怪進撃”についに待ったがかけられた年、となりました。

 

 

 

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第4位:待望のがん患者の全国組織「全国がん患者連合会」設立

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患者会」というと、一般の患者さんからするとあまり馴染みが無い、少し距離のある存在かもしれません。

 

しかし、国や自治体の政策を決める上で、患者さんの声を反映させるという意味では、非常に重要な存在です。

 

例えば、海外に比べ日本での薬剤の承認のタイミングが大きく遅れる、いわゆる「ドラッグラグ」問題が近年かなり改善されてきたのも、患者会の力が大きかったりするのです。

 

そういう意味で、しっかりした全国規模の患者団体があるのが望ましい姿なのですが、日本のがん領域では実はこれまで比較的短期間に、有力な団体が浮かんできては瓦解するという歴史を繰り返してきました。

 

これは、一部の個のリーダーシップに頼ってしまったり、特定の代替療法やエビデンスの乏しい治療法を推奨する人たちが団体の運営に紛れ込んでしまったり、といったことが原因だったと思われます。

 

それが、今年の5月に全国がん患者連合会が立ち上がり、潮目が変わりました。

 

全がん連の運営やサポートに携われている方々の多くと私も個人的にお付き合いがありますが、いずれも「出会えて良かったな」と心から思える素晴らしいメンバーで、必ずや求心力を伴った長続きする団体になると確信しています。

 

12月には、初の試みである「がん患者学会」が開かれ、私もオブザーバーとして参加してきました。

今後この場が、「産(製薬会社/医療機器メーカー)・患・官・学・報(マスコミ)」が一堂に会し、

 

・患者視点で見た時のがん医療の問題点を洗い出す

 

・それをどうやったら解決し、患者さんにとって意味のある「製品・政策・臨床・報道」ができるのかを割り出し、各立場のアクションまで落とし込む

 

・やると決めたアクションがどうであったかを検証する

 

ような場に発展していくことを期待すると同時に、私自身もできる限りのサポートを差し上げていく所存です。

 

 

 

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第3位:”ホンモノの”免疫療法時代の幕開け

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昨年の本メルマガでの5大ニュースの1位は、「ホンモノの免疫療法の登場」でした。

 

「ホンモノの」というのは、日本でがんの免疫療法というと、樹状細胞ワクチン療法やらNK細胞療法など、治験で有効性や安全性がまったく確認されていない「えせ免疫療法」が目立ちますが、これらとはまったくの別物だからです。

 

昨年その萌芽を見せた免疫チェックポイント阻害剤関連のニュースは、今年実際にブームと言って良いような状況になってきました。

 

アカデミアの世界では、ASCO(米国臨床腫瘍学会)の最大のテーマが免疫療法でしたし、日本のがん治療関連の学会でも、この「ホンモノの免疫療法」に大きな時間が割かれていました。

 

medicalinsight.hatenablog.com

   

 

また、10月27日のNHKクローズアップ現代」で免疫療法が取り上げられるや、上記のブログエントリーにも爆発的なアクセスがありました。

 

www.nhk.or.jp

   

 

そして、この年末にいよいよ、ニボルマブがメジャーながん種である「非小細胞肺がん」で、日本でも適応を取得しました。

 

  ■「オプジーボ®「一般名:ニボルマブ」切除不能な進行・再発の非小細胞肺がんに関する効能・効果に係る製造販売承認事項一部変更承認取得小野薬品工業

   

 

抗がん剤の治療の主役として、化学療法に分子標的薬が加わったのが過去10年だとしたら、ここからの10年はそこに(ホンモノの)免疫療法が加わる、もしくは取って代わる可能性が大きそうです。

 

その意味で、今年は「免疫療法時代の幕開け」の年と言って過言ではないでしょう。

 

 

 

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第2位:抗がん剤の超高額化の波止まらず、「Value」が求められる時代へ

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今年のASCO(米国臨床腫瘍学会)で「免疫チェックポイント阻害剤」と共に大きなテーマとして取り上げられたのが、「Value」のコンセプトです。

 

いきなり、「Value」と言われても何のことだかわかりにくいですね。

 

大雑把に言うと、その治療で見込める「効果」から「副作用」を差し引いた価値が、治療にかかる費用と見比べてどうか、というのが「Value」の考え方です。 

 

ASCOは、この「Value」の概念を、医師と患者で行なう治療方針の決定の場に持ち込むべきと考えています。その大きな理由の1つが、「がん治療にかかるコストが格段に高額になってきたこと」です。

 

このメルマガでも何度か取り上げているように、昨今の分子標的薬は年間のコストが数百万円レベルですし、最近では1000万円を超えるような超高額の抗がん剤まで出てくるようになりました。

 

medicalinsight.hatenablog.com

   

 

Palbociclibの米国での薬価は、月額$9,850(約120万円)。1年間もし服薬を続けるとすると、$118,200(約1400万円!!)です。

 

乳がんの領域では、HER2陽性の進行・再発乳がん治療薬であるカドサイラについでの年間1000万円超えとなります。

 

そして、期待の免疫チェックポイント阻害剤を初めとした免疫療法剤も同様で、先述のニボルマブ

年間薬剤費が1500万円を超える超高額薬剤です。

 

医療保険のカバーが限定的な米国だと、「がん治療費で破産」ということも現実としてあり得ます。

日本でも、ここまで高額な薬剤費を厳しい保険財政の中で賄えるかとなると、大きな不安が残ります。

 

「Financial Toxicity(財務毒性)」という言葉まででてきているように、抗がん剤は本当にそれだけの「価値」があるかどうかが、今後厳しく問われる時代に入ってきたと言えましょう。

 

   

 

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第1位:世の中の「がん」への関心が一気に上昇

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その「異変」は9月24日に突然起きました。

 

それまで、400-500程度だった、乳がんの病院・名医ガイド「イシュラン」への1日あたりの訪問ユーザー数が、一気に1200を超えたのです。その次の日も1000を超える数。その後も多少減ったものの、「高原状態」が続いています。

 

同様の傾向は、私のブログへのアクセス数でも見られました。

 

原因は、北斗晶さん。

乳がんの罹患をブログ上で公表されたことが、翌日一気にニュースとしてかけめぐったのです。

 

ameblo.jp   

 

北斗さんのニュースは、その後の経過も含め繰り返しワイドショーや週刊誌で取り上げられ、その影響からか、秋口以降は乳がん検診の予約がどこも満杯という状況になりました。

 

www.j-cast.com

  

 

受診者の不利益も多い40歳未満の方にまでこの動きが広がったことは、マイナス面もあるのですが、それにしても国がやるどんな施策よりはるかに効果的に、検診に対する一般の方の意識・行動の変革を促した事件ではありました。

 

今年は、北斗さんの他にも、先述の女優の川島なお美さんや、胃がんで逝去された黒木奈々アナウンサーなど、働き盛りの年代の女性の患者さんが報道で大きく取り上げられる機会が多く、そうしたことが世の中全体のがんへの関心を高めた年でした。

 

がんという病は誰しもがなり得ること、そしてその病と共存している患者さんが必要とするサポートはどのようなものであるのかを、多くの方が認識・考慮するきっかけになったのだとしたら、ポジティブに捉えて良い「異変」だったのだと思います。